一過性脳虚血発作
transient ischemic attack (TIA)
【概念】
通常単一の脳血管灌流領域(左右頸動脈、椎骨脳底動脈領域)における局所神経症状を呈する短時間の発作で、脳虚血以外の原因が考えにくいもの。症状は通常2〜5分以内に完成し、2〜15分間持続し急速に寛解することが多いが、便宜上24時間未満に後遺症を残さず回復するものをTIAと呼ぶ。
虚血性脳卒中のうち5〜10%を占める。
通常、血圧低下による一過性全脳虚血はTIAには含めない。
*米国では「局所の脳、脊髄、網膜の虚血により生じる一過性神経学的機能障害で、画像上脳梗塞巣を伴っていない」ことが基準になっており(AHA/ASA 2009)、症状持続時間に基づく定義(time-based)から、画像診断によって急性期脳梗塞が認められない局所神経機能障害という組織障害の有無に基づく定義(tissue-based)に変わってきている。
*わが国でも平成21年度の厚生労働科学研究費補助金によるTIA研究班の「TIAの診断基準の再検討」において、以下の基準が示された。
1)臨床症状
24時間以内に消失する、脳または網膜の虚血による一過性の局所神経症状。
2)画像所見
画像上の梗塞巣の有無は問わない。
*頭部MRI拡散強調画像(DWI)で新鮮病巣を認める場合は「DWI陽性のTIA」とする。
*急性期のTIAと脳梗塞を包括して急性脳血管症候群 acute cerebrovascular syndrome (ACVS)と呼ぶ。
【病因】
大部分はartery to arteryによる微小塞栓が原因となるが、血行動態異常によるものや心原性塞栓、血液学的異常によるものもある。
1)微小塞栓説
内頚動脈起始部などに生じたアテローム硬化巣(プラーク)ではその破綻により潰瘍が形成され、血小板血栓が付着しやすい。この壁在血栓が剥離すると、微小栓子として末梢の脳内小血管を閉塞し局所神経症状を呈するが、短時間のうちに粉砕、溶解するために症状が回復すると考えられる。
2)血行力学説
脳主幹動脈に狭窄あるいは閉塞病変が存在すると脳灌流圧が低下するが、通常、脳血流は側副血行路により維持され、すぐには症状は出現しない。何らかの原因で全身血圧の低下が生じたり脳循環自動調節能の障害がある場合、側副血行路により灌流が維持されていた領域で用意に脳血管不全cerebral vascular insufficiencyとなり、一過性に局所症状が出現すると考えられる。
【臨床症状】
通常の脳梗塞で出現するほとんどの神経症候の要素がTIAにおいても出現しうる。
頻度としては内頚動脈系が80%、椎骨脳底動脈系が20%とされ、心原性TIAは約20%に認められる。
一過性黒内障amaurosis fugaxは同側内頚動脈系の症状であり、単独で生じることが多い。
上肢が不規則に震えるlimb shaking TIAも内頚動脈系の症状である。
診断には詳細な病歴聴取がもっとも重要。
〈TIAの主要症状(NINDS-Ⅲ)〉
1)内頚動脈系
典型的な発作では、次の症状が単独あるいは同時に2分以内に出現する。
・運動障害:構音障害、半身(顔面を含まないこともある)の脱力あるいは巧緻運動障害
・一眼の失明(一過性黒内障)、ごくまれに同名性半盲
・感覚障害:半身の感覚低下、異常感覚
・失語症:優位半球側の内頚動脈系TIAでみられる
2)椎骨動脈系
次の症状が急速に出現する(2分以内)
・運動障害:一側あるいは両側半身の脱力あるいは巧緻運動障害
・感覚障害:一側あるいは両側の感覚低下、異常感覚
・一側あるいは両側の同名性半盲
・平衡障害、回転性めまい、複視、嚥下障害、構音障害
(しかしこれらが単独で生じた場合はTIAの症状とはみなされない)
〈非定型TIA、非TIA症状(NINDS-Ⅲ)〉
1)非定型TIA症状
・椎骨脳底動脈系の症状を伴わない意識障害
・強直性および間代性痙攣
・身体数カ所に遷延性にマーチする症状
・閃輝性暗点
2)非TIA症状
・感覚障害のマーチ
・回転性のめまいのみ
・身体浮動感のみ
・嚥下障害のみ
・構音障害のみ
・複視のみ
・便あるいは尿失禁
・意識レベルの変化に伴う視力消失
・偏頭痛にみられる局所神経症状
・錯乱のみ
・健忘のみ
・転倒発作のみ
*TIAと失神発作
TIAは、脳局所の一過性虚血により一過性の脳局所神経症候を生じるものである。一方、失神発作は脳全体の一過性脳血流低下による突然の意識および姿勢保持の喪失後、すみかやにかつ完全に回復が見られるもので、脳局所神経症候を伴わないため、TIAには含まれない。
【経過・予後】
TIAは脳梗塞の前駆症状として重要であり、約1/3が完成形脳梗塞に移行するとされる。
発作頻度が増加してくる、いわゆるcrescendo TIAは内頚動脈の高度狭窄によることが多く、完成形脳梗塞に移行しやすい。
〈ABCD2スコア〉
TIA発症後の脳梗塞のリスクを予測する尺度に用いられる。
点数が高いほど脳卒中発症のリスクが高く、4点以上は入院治療が勧められる。
・年齢age:年齢60歳以上1点
・血圧blood pressure:高血圧(収縮期圧>140mmHgまたは拡張期圧≧90mmHg)1点
・臨床症状clinical features:片側脱力2点、脱力を伴わない言語障害1点
・持続時間duration:≧60分2点、10〜59分1点
・糖尿病diabetes:糖尿病あり1点
【治療・予防】
1)危険因子の発見・管理
2)内科的治療
①抗血小板療法:非心原性TIAに推奨される。
急性期:アスピリン単独、またはクロピドグレル併用
慢性期:アスピリン、クロピドグレル、シロスタゾール
②抗凝固療法:心原性TIAではできるだけ早期より推奨される。
ヘパリンより開始し、ワルファリンに移行する。
血行力学的機序によるcrescendo TIAにも適応となる。
3)外科的治療
狭窄率70%以上の頸動脈病変によるTIAには頸動脈内膜剥離術(CEA)が適応となる。
狭窄率50〜69%の場合は年齢、性、併存症などを勘案して適応を考慮する。
【参考】
・上原敏志「一過性脳虚血発作」:日本医師会雑誌 第146巻・特別号(1) 2017