失神 syncope

失神 syncope


【定義】

 脳全体あるいは脳幹部の血流低下によって起こる一過性の意識障害。脳血流の回復とともに速やかに症状は回復する。持続時間は数秒〜数分と短く、回復後は後遺症を残さない。
 頭部打撲による一過性の意識障害である脳しんとうや、てんかん全般発作による一過性の意識障害、心因性の意識消失は通常失神とは呼ばれない(狭義の失神)。

【病態生理】

 脳血流は脳循環自動調節能 autoregulationにより、全身血圧の変動があっても一定の範囲で保持されているが、この範囲をこえて全身の血圧が低下すると、脳血流も低下して意識障害が起こる。通常平均血圧が55mmHgを切ると自動調節能は破綻する。
 全身血圧は心拍出量と全身血管抵抗によって決まるので、心拍出量の低下または全身血管抵抗の減弱により血圧低下が起こる。

【分類】

1. 反射性失神

1)血管迷走神経性失神
 痛みや不快な場面などの精神的ストレスによりおこる。前駆症状として顔面蒼白、冷汗、吐気などの自律神経症状がみられ、あくび、深呼吸、徐脈が出現し、血圧も著しく低下して意識を失う。これは全身の血管床、とくに筋肉内の血管拡張による血液のプーリングにより有効循環血液量の低下がおこることによる。

2)状況失神
 排尿、排便、咳嗽、息こらえなど一定の動作の後に生じる。排尿失神は多くが飲酒中に排尿に立ち、その途中または直後に出現する。排尿によって迷走神経系の緊張が優位となり、徐脈・血圧低下をきたすと考えられる。同様の機序によって起こる排便失神はまれ。
 全身に力をこめて息をこらえるときに出現する循環動態の変化はValsalva効果と呼ばれ、一過性の血圧低下がおこる。激しい咳込みによっておこる咳失神 cough syncopeはこれによって出現すると考えられる。

3)頸動脈洞性失神
 頸部の伸展、回旋、圧迫などによって起こる。頸動脈洞には舌咽神経の受容器があり、牽引などの刺激によって反射性徐脈をきたす。動脈硬化や動脈炎などにより頸動脈洞が過敏になっている場合、軽度の刺激によって著明な徐脈と血圧低下をおこしうる。
 舌咽神経痛による迷走神経反射性徐脈でも同様の病態をきたすことがある。

2. 起立性低血圧性失神

 自律神経(交感神経)の機能不全により、姿勢の変化による血圧変動の調節が障害されておこる。原発性または続発性自律神経疾患のほか、脱水や薬物が原因となることもある。
 軽度の場合は立ちくらみ black out、めまい感 dizzinessが主徴となる。

3. 心原性失神

1)不整脈
 徐脈性ないしは頻脈性の不整脈による心拍出量低下によって起こる。

2)器質性心疾患
 心筋梗塞や心タンポナーデなど種々の心疾患、大動脈弁狭窄、肺塞栓、肺高血圧などによる心拍出量低下によって起こる。

4. 血液組成の変化によるもの

 一過性の意識障害の中には、脳血流量の低下はみられなくとも、脳エネルギー代謝に直接影響を及ぼす血糖、酸素分圧、炭酸ガス分圧等の血液の化学組成が著しく変動することが原因となっておこるものもある。
 低酸素血症や一酸化炭素中毒(血中酸素分圧)、低血糖(血中糖濃度)、過換気症候群などがこれらにあたる。


【註記】


【参考】


【改訂】2016-12-06