ポックスウイルス科 Poxviridae

ポックスウイルス科 Poxviridae


【概念】

 ポックスウイルス科は脊椎動物に感染するコルドポックスウイルス亜科 Chordopoxvirinaeと節足動物に感染するエントモポックスウイルス亜科 Entomopoxvirinaeに分類される。コルドポックスウイルス亜科は8属と未分類のウイルスからなるが、ヒトに感染するのはオルソポックスウイルス属Orthopoxvirusとモラスキポックスウイルス属Molluscipoxvirusのみ。
 オルソポックスウイルス属では天然痘ウイルスとサル痘ウイルスが重要であり、その他ワクシニアウイルスや牛痘ウイルスも所属する。モラスキポックスウイルス属では伝染性軟属腫ウイルスが水いぼの原因となる。

【特徴】

・2本鎖DNAで全長約180〜200kbp
・エンベロープを持つ
・レンガ状〜卵状の形態で直径300nmを超える巨大ウイルス
・DNAはコアと呼ばれるタンパク質の膜に包まれ、外側に側体と呼ばれる構造体が1個ないし2個存在する。エンベロープからはタンパク質の表面突起が多数突き出している。
・ウイルスの増殖は宿主細胞の細胞質で起こる(DNAウイルスではポックスウイルスのみ)。
・宿主細胞に吸着・侵入したウイルスは脱殻後、細胞質の中で自らのDNAによりmRNAを合成し、そのmRNAによりタンパク質を合成するとともに、自らのDNAを複製する。このとき細胞質の一部にコンパートメントを形成し、周囲に小胞体膜を配置して核様の構造を形成する。
・感染性粒子は細胞内で形成される細胞内成熟ウイルスと、細胞膜から出芽し細胞膜由来の脂質膜を被った細胞外外皮ウイルスとがあり、前者は個体間の感染に、後者は感染個体内での感染拡大に関与すると考えられる。
・オルソポックスウイルス間では感染防御免疫はほぼ完全に交叉する。

【分類】

 ・ポックスウイルス科 Poxviridae

    ・コルドポックスウイルス亜科 Chordopoxvirinae
        ・オルソポックスウイルス属 Orthopoxvirus
            ・天然痘ウイルス Variola virus
            ・ワクシニアウイルス Vaccinia virus
            ・牛痘ウイルス Cowpox virus
            ・サル痘ウイルス Monkeypox virus
        ・モルスキポックスウイルス属 Molluscipoxvirus
            ・伝染性軟属腫ウイルス Molluscum contagiosum virus

【各論】

1)天然痘ウイルス
 天然痘 variolaの病原ウイルス。天然痘は有史以来世界各地で人類に対する脅威となってきたが、1796年に英国の医師エドワード・ジェンナー(1749-1823)が牛痘を接種した子供がその後天然痘を接種しても発病しないことを発見し、種痘が開発(1798)されることにより感染者は大いに減少した。
 1967年にWHOにより天然痘根絶計画が開始。1977年10月にソマリアで最後の自然感染による患者が確認されたのを最後に地球上から一掃され、1980年に根絶宣言が出された。
 天然痘ウイルスは、下記の特徴により根絶が可能となった。
① ヒト以外の自然宿主を持たない。
② 不顕性感染がない。
③ 患者の識別が容易である。
④ 伝播力が比較的弱い。
⑤ 極めて有効なワクチンがある。
 根絶宣言後、各国研究機関に存在する天然痘ウイルスはアメリカとソ連の施設にいったん集められ、最終的に破棄される予定だったが、この計画は無期限延期となり、現在ウイルスはアメリカとロシアのバイオセーフティクラス(BSL)4施設で保管されている。
 天然痘ウイルスは炭疽菌と並んでバイオテロに用いられる危険性が最も高いので、現在世界中のどこにも流行していないにも関わらず、2003年に感染症法1類感染症に追加された(ウイルスは一種病原体に指定)。わが国では1978年以降定期種痘は廃止されたため、それ以後に生まれた人々は免疫をいっさい持っていない。

2)ワクシニアウイルス
 種痘に用いられてきたウイルス。起源は痘瘡ウイルスではなく、遺伝子解析の結果東欧由来の牛痘ウイルスが起源であることが解明された。
 これまでの種痘では、初種痘児100万例に数例の頻度で種痘後脳炎などの副作用が出現しているため、バイオテロに備えて、わが国で開発された神経病原性がきわめて低いLC16m8株を用いた細胞培養痘瘡ワクチンの製造が2002年より再開され、備蓄されている。
 ワクシニアウイルスによる主な副作用は、種痘後脳炎に加えて、種痘性湿疹、進行性種痘疹、全身性ワクシニア、自己接種などがあり、心疾患の報告もある。

3)牛痘ウイルス
 上述のごとく牛痘ウイルスは全く遺伝的に異なる複数の齧歯類由来ポックスウイルスからなることが遺伝子解析により解明されている。
 ウシに感染すると重篤化するが、ヒトへの感染では皮膚の限局性・潰瘍性の病変(牛痘瘡)を形成するのみ。

4)サル痘ウイルス
 元来カニクイザルの痘瘡様感染症として知られていたが、1970年にヒトへの感染が報告された。症状は痘瘡に比べて軽度だが、重症例は臨床的に区別がつかず、死亡例もある。疾患は4類感染症に、ウイルスは三種病原体に指定。

5)伝染性軟属腫ウイルス
 ヒトにのみ感染して伝染性軟属腫(水いぼ)を形成する。


【註記】


【参考】


【作成】2017-01-01