多系統萎縮症

多系統萎縮症
multiple system atrophy (MSA)


【概念】
 成年期に発症する非遺伝性の脊髄小脳変性症のなかで最も多い疾患(わが国の全SCDの40%)で、主に小脳系、黒質線条体系、自律神経系が障害される。
 以前は発症初期の前景症状の違いからいくつかの疾患に分かれていたが、進行期には病像が類似し、病理所見も重複することからMSAと総称されるようになった。
 多系統萎縮症(MSA)は、それぞれ独立して見出されたオリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)、線条体黒質変性症(SND)、シャイ・ドレーガー症候群(SDS)を包含した概念であり、1969年にGrahamとOppenheimerによって提唱された。1989年に見出された神経膠細胞質封入体(GCI)がこれらの3疾患にのみ認められ、他の疾患にみられないことからこれらが同一疾患であることが明らかとなり、1998年にGCIの主要構成蛋白がα‐シヌクレインであることが確認され、MSAはパーキンソン病やレビー小体型認知症とともにシヌクレオパチーの1種であることが明らかになった。

・オリーブ橋小脳萎縮症 olivopontocerebellar atrophy (OPCA)
  前景症状が小脳性運動失調であるもの

・線条体黒質変性症 striatonigral degeneration (SND)
  前景症状がパーキンソニズムであるもの

・シャイ・ドレーガー症候群 Shy-Drager syndrome (SDS)
  前景症状が自律神経障害であるもの

【病理】
・小脳病変:下オリーブ核、橋核、小脳皮質の神経細胞脱落とグリオーシス。特に橋核で高度。
・黒質線条体病変:線条体においては尾側に強い被殻変性がみられ、同部位にフェリチンが沈着して黄褐色を呈する。黒質では緻密帯のメラニン色素含有細胞が脱落する。
・自律神経系:起始核(迷走神経背側核、脊髄中間外側柱、仙髄副交感神経核、Onuf核)の変性が強い。
・不溶化したα-synuclein (αSYN)の蓄積:乏突起グリア細胞(glial cytoplasmic inclusion, GCI)や神経終末 (neuronal cytoplasmic inclusion, NCI)に過剰に蓄積し、Gallyas染色で嗜銀性封入体として観察される。乏突起グリア細胞に出現する封入体は遺伝性の脊髄小脳変性症には認められない。このことから、MSAはパーキンソン病やびまん性Lewy小体病とともにα-synucleinopathyのひとつと考えられる。

【症状】
・初発症状:パーキンソン症状、小脳性運動失調症、特に原因のない尿意切迫、頻尿、残尿、男性の勃起障害、起立性低血圧に伴う立ちくらみなど。
 パーキンソン症状を主体とする患者をMSA-P、小脳性運動失調を主体とする患者はMSA-Cとされ、その呼称は評価時点での主症状によって決められる。わが国ではMSA-Cの比率が高い。
・小脳症状(頻度が高い):歩行運動失調、失調性構音障害、肢節運動失調、持続性注視眼振など。
 小脳性構音障害や小脳性眼球運動障害を伴う場合が多く、四肢失調もみられるが、通常歩行障害や言語障害が優勢となる。
・パーキンソニズム:運動緩慢、固縮、振戦、姿勢異常など。
 振戦は通常不規則で、姿勢時振戦と動作時振戦が主体であり、ミオクローヌスを合併する場合も多い。静止時振戦も認めうるが、ピル・ローリング運動はまれ。
 症状は左右対称の場合が多く、姿勢保持障害はパーキンソン病よりも早期に出現し、進行速度も速い。
 一般にレボドパに対する反応性は低い。
・自律神経障害:神経因性膀胱(尿閉、残尿、頻尿、失禁など)、起立性低血圧(立ちくらみ、失神)、インポテンツなどの頻度が高い。発汗減少に伴う体温調節障害、食事性低血圧、便秘なども多い。血管運動神経の障害により cold hands sign(末梢の血流低下により手指が紫色を呈する)がみられる。
 排尿障害は起立性低血圧よりも早期に生じることが多い。
 進行期には錐体外路兆候(頸部の過度の前屈 antecollis、痙笑、異常姿勢)、情動失禁、呼吸障害をきたすこともある。
 Gerhartd症候群は後輪状被裂筋の萎縮により声門の開大が障害され、吸気障害による吸気性喘鳴や睡眠時無呼吸を呈するものをいう。声帯開大障害は突然死の原因の一つとなりうる。
 REM睡眠時に筋緊張が亢進したり、不随意運動や行動異常が出現することもある。

【検査】
・CT/MRI:小脳と脳幹の萎縮が主体。
 被殻の萎縮、T2強調像における被殻背外側優位の線状の高信号、T2*強調像における被殻背外側低信号、橋尾側優位の萎縮、小脳萎縮、T2強調像における橋のhot cross bun sign(十字型の高信号)、中小脳脚高信号などもみられる。
・SPECT脳血流シンチグラム:小脳や被殻の血流が早期より低下する。
 FDG-PET:被殻、脳幹、小脳で集積低下。
・MIGB心筋シンチグラム:MIGBの取り込みは保たれる(パーキンソン病では高率に低下する)。

【診断基準】
旧厚生省特定疾患運動失調症調査研究班(1991)
Gilmanの臨床診断基準:第2回コンセンサス基準(2008)

【予後】
 根治療法はなく、平均予後は6〜10年。
 早期から高度に出現する自律神経不全は重要な予後不良因子のひとつ。

【治療】
・パーキンソン症状:レボドパが第一選択となる。
 ドパミンアゴニストはレボドパほどの治療効果は期待できず、急激な首下がりや腰曲がりが出現することもある。
・小脳失調:内服薬としてタルチレリン水和物、注射薬としてプロチレリン酒石酸塩水和物が用いられる。
・自律神経障害:起立性低血圧に対しては、まず500ml程度を目処とした水分摂取、1回の食事で0.5〜1.0gの塩分摂取、1回の食事量を減らして食事回数を増やす、入眠時に頭部を20°ほど挙上するなどの生活指導。
 薬物療法としては、L-threodihydroxyphenylserine、fludrocortisone、midodorine hydrochlorideなど。
 排尿障害で残尿を認める場合は間欠導尿、残尿を伴わない頻尿には膀胱選択性の高い抗コリン薬やβ3刺激薬などを用いる。


【註記】


【参考】
・渡辺宏久、原一洋他「多系統萎縮症」:CLINICAL NEUROSCIENCE vol.35 no.9 2017


【改訂】2017-10-07