中東呼吸器症候群 Middle East respiratory syndrome (MERS)

中東呼吸器症候群 Middle East respiratory syndrome (MERS)


【概念】
 2012年6月にサウジアラビアの病院に原因不明の肺炎で入院し、急性呼吸不全および腎不全で死亡した60歳の男性を最初の症例とし、その後サウジアラビア、アラブ首長国連邦を中心に発生し続けている重症呼吸器疾患。
 原因として分離されたウイルスはβ-コロナウイルスに属し、MERS Coronavirus (MERS-CoV)と命名された。
 2012年から2017年3月までに2000名弱の確定例が報告されており、その3/4はサウジアラビアの症例である。また中東以外では、2015年に韓国で185名の患者が発生したアウトブレイクが起こったほかは、現在封じ込めに成功している。
 感染症法の二類感染症。

【病原体】
 MERS-CoVはSERS-CoV同様にコロナウイルス科βコロナウイルスに分類され、ジペプチジルペプチダーゼ-4 (DPP-4)をレセプターとして細胞内に侵入し、気管支上皮、細気管支上皮、肺胞上皮細胞などで増殖する。
 ウイルスの宿主はヒトコブラクダと考えられている。
 ウイルスは飛沫感染、接触感染でヒトからヒトへ感染が拡がり、SARS同様に多量の感染性MERS-CoVを排出するスーパースプレッダーの存在も示唆されている。
 ただし、基本的にヒトからヒトへの感染リスクは低く、世界規模の流行の危険性は少ない。

【臨床症状】
 潜伏期間は2〜14日(平均5日)
 初発症状は発熱、咳嗽、息切れ、下痢など。
 その他、喀血、胸痛、呼吸困難、筋肉痛などがみられ、約20%に消化器症状を伴う。
 入院後1週間以内に呼吸不全による低酸素血症に進展し、重症例は2週間程度でARDSや多臓器不全で死亡する(致死率約35%)。

【検査】
 白血球減少、リンパ球減少、血小板減少がみられ、白血球増加は予後悪化因子である。
 CRP陽性、AST・ALT・LDH増加なども見られる。
 胸部CTは浸潤影〜すりガラス陰影を呈する。

【診断】
・急性期患者からのウイルス分離
・RT-PCR法による遺伝子検出
・回復期患者のIgM抗体検出、または急性期および回復期におけるIgG抗体の有意上昇。

【治療・予防】
 特異的な治療法はなく、対症療法が基本。
 有効なワクチンはない。
 感染の多くは医療施設内でのヒト-ヒト感染によるため、施設内での感染制御が重要。
 流行地では、ヒトコブラクダなどの動物との接触をできるだけ避ける。
 MRESを疑う症状があり、下記「感染が疑われる患者の要件」に該当する場合は、保健所に連絡し、MERSの検査を行う。

〈感染が疑われる患者の要件(厚生労働省)〉

 患者が次のア、イ又はウに該当し、かつ、他の感染症又は他の病因によることが明らかでない場合、 中東呼吸器症候群への感染が疑われるので、中東呼吸器症候群を鑑別診断に入れる。ただし、必ずし
も次の要件に限定されるものではない。

ア.38 度以上の発熱及び咳を伴う急性呼吸器症状を呈し、臨床的又は放射線学的に実質性肺 病変(例:肺炎又は ARDS)が疑われる者であって、発症前 14 日以内に対象地域(※)に渡 航又は居住していたもの

イ.発熱を伴う急性呼吸器症状(軽症の場合を含む。)を呈する者であって、発症前 14 日 以内に対象地域(※)において、医療機関を受診若しくは訪問したもの、MERS であること が確定した者との接触歴があるもの又はラクダとの濃厚接触歴(例:未殺菌乳の喫食)が あるもの

ウ. 発熱又は急性呼吸器症状(軽症の場合を含む。)を呈する者であって、発症前 14 日以 内に、中東呼吸器症候群が疑われる患者を診察、看護若しくは介護していたもの、中東呼 吸器症候群が疑われる患者と同居していたもの又は中東呼吸器症候群が疑われる患者の気 道分泌液若しくは体液等の汚染物質に直接触れたもの

※対象地域:アラビア半島又はその周辺諸国
※保健所へ連絡する患者は、MERS確定患者又はラクダとの接触歴がない場合も含まれる

※参考ホームページ ■厚生労働省ホーページ「中東呼吸器症候群(MERS)について」
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/mers.html


【註記】


【参考】
・金光敬二「中東呼吸器症候群」:日医雑誌 第146巻 第2号 2017


【作成】2017-06-02