インフルエンザ influenza

インフルエンザ influenza


【概念】

 毎年冬季に大流行を繰り返す感染性疾患でインフルエンザ・ウイルスによる。流行のたびに高齢者を中心にインフルエンザ関連で数千人からときに数万人の死者を出す。小児ではインフルエンザ脳症の多発が問題となっている。
 疾患名はかつて14世紀のイタリアで「星の影響 influenza cieli」と考えられ、その後「寒さの影響 influenza di freddo」とみなされていたことに由来する。わが国ではかつて「流行性感冒(流感)」と呼ばれていた。

【病原体】

 オルソミクロウイルス科のインフルエンザウイルス influenza virusで、A、B、Cの3型があり、大流行を起こすのはA型とB型。C型は地域的に小流行がみられるのみ。
 A型はヒト以外にトリ、ブタ、ウマにも存在し、B型はヒトにのみ流行する。
 サイズは直径100nm程度の中型ウイルスで、表面に2種類のスパイク、赤血球凝集素 (hemagglurinin : HA)とノイラミニダーゼ (neuraminidase : NA)を持つ。ウイルスはHAを介して気道上皮細胞の受容体に結合し感染する。細胞内で増殖したウイルスはNAの作用により細胞表面の受容体から遊離して周囲の細胞に感染を繰り返す。
 ヒトA型のHAには抗原性からH1、H2、H3の3種類、NAにはN1、N2の2種類がある。
 ヒトB型はHAとNAの抗原型は1種類のみ。

 ウイルス感染は気道粘膜上皮内に限局した局所感染であり、全身感染ではない。ウイルスの出芽極性(感染細胞外へ出る方向)が気道内腔方向のみであり、ウイルスの感染性発現に必須なHAタンパクの活性化プロテアーゼが気道上皮にのみ存在するためである(この活性化プロテアーゼは気道上皮のクララ細胞から分泌され、トリプターゼ・クララと呼ばれる)。
 ウイルス感染細胞からは生理活性物質であるさまざまなサイトカインやケモカインが分泌され、これらの作用により周囲に炎症が起こり、血行性に全身をめぐって発熱、筋肉痛、全身倦怠感などの全身症状が起こると考えられている。

【疫学】

・感染経路:接触感染、飛沫感染、空気感染のいずれもある。
・飛沫核に含まれるインフルエンザ粒子は低温低湿度(15〜40%)が最適であるため、わが国では気候がこの条件に合う冬季に流行しやすい。
 例年、12月末から翌年3月頃までがシーズンとなる。
・毎年HAの抗原性が突然変異をするため流行を繰り返す(抗原連続変異)。
・現在A型ではH3N2型とH1N1型とが世界的に流行している。
・これまでヒトが経験したことがないHAを持つインフルエンザ(新型インフルエンザ)が出現することもあり(抗原不連続変異)、ヒトが免疫を持たないため世界的な大流行(パンデミック pandemic)が生じる。1918年のスペインかぜ、1957年のアジアかぜ、1968年の香港かぜがそれらに相当する。

【臨床症状】

・潜伏期間:24〜48時間。
・全身症状(高熱、頭痛、関節痛、腰痛、倦怠感)が突然出現する。
 やや遅れて上気道症状(鼻汁、咳)がみられる。
 通常2〜3日で解熱するが、その後咳、鼻汁などが7〜10日続き治癒する。
・高齢者では二次性の細菌性肺炎を合併することが多い。
・小児では発熱以外の全身症状が目立たず、当初から咳や鼻汁を伴うことが多い。
 発熱期間は長く、4〜5日から1週間程度続く。
 熱性けいれんや中耳炎の合併が多い。

*インフルエンザ肺炎

 通常、健康人がインフルエンザに感染してもウイルスは下気道や肺に到達することはない。ひとつは気管支上皮におびただしい数の繊毛細胞があり、病原体を物理的に外へ排出する働きがあるからである。また、肺にはHAタンパクを活性化させるプロテアーゼ・クララを産生する細胞が存在しないためにウイルスは肺にまで感染を拡大できないためである。
 ただし、インフルエンザウイルスが気管支粘膜に感染すると、上皮細胞が破壊され、繊毛運動が阻害されて二次的な細菌感染が起こりやすくなる。
 また、細菌の中にはプロテアーゼを産生するものがあり、肺胞上皮に感染して産生された子孫ウイルス(プロテアーゼ・クララがないために感染性がない)に、同時に感染している細菌がプロテアーゼを供与することにより、子孫ウイルスは感染性を獲得すると考えられる。
 細菌性肺炎の病原菌としては、黄色ブドウ球菌、インフルエンザ桿菌、肺炎球菌、肺炎桿菌、緑膿菌などが多い。

インフルエンザウイルス肺炎(鋳型気管支炎)

*インフルエンザ脳症

 日本ではインフルエンザに伴う脳炎、脳症の頻度が高い(年間約100〜500例)。
 低年齢の幼児に多く、高熱、痙攣から急速に意識障害が進行し、いったん発症すると死亡や後遺症の率が高い。発熱から神経症状の出現まで通常数時間から2日以内であり、致命率30%、後遺症を残す例も約25%にみられる。日本以外での報告例は少ない。
 患児の咽頭からはウイルスが分離されるが、髄液からは多くの場合陰性であり、感染に誘導されたサイトカインによる脳内の血管内皮障害などが原因と考えられている。
 炎症性サイトカインの過剰産生(サイトカインストーム)は乳幼児や日本人、アジア人で起こりやすいとされている。サイトカインストームは脳、肝細胞、血管壁、血液細胞などに障害を起こし、脳では神経細胞がアポトーシスを起こし死滅する。血管内皮細胞では透過性の亢進が起こり、脳浮腫の原因となる。
 予後不良な例の一部には非ステロイド系消炎鎮痛剤 NSAIDSが関与が疑われているため、インフルエンザ発症時はこれらの薬剤の使用は避ける。

【診断】

・インフルエンザ迅速診断:感度は60〜90%程度だが、偽陽性は少ない。
・血清診断:CF法よりHI法の方が鑑別性がよく、感度も高い。

【治療・予防】

・アマンタジン
 A型にのみ有効。発病後48時間以内に投与すると症状の軽快化に効果があるが、高率に耐性ウイルスが出現する。
 予防的に使用するとワクチンとほぼ同等の効果があり、効果の発現はより早い。
・ノイラミニダーゼ阻害薬
 NAの活性化を阻害するため、ウイルスが細胞表面から遊離できずに死滅する。
 発病後48時間以内に使用すると症状の軽快化に効果があり、高齢者やハイリスク患者には予防的投与も認められている。
 A、B両型に有効で、耐性ウイルスの出現頻度が低く、副作用も少ない。ただし10代患者の異常行動に対する関与する疑いがあるが、因果関係はまだ不明。
・消炎鎮痛剤(解熱剤)
 非ステロイド系消炎鎮痛剤 NSAIDSの多くがインフルエンザ脳症の発症と重症化に関わっている可能性があるため、これらは発症時には使用しない(特に乳幼児)。
 アセトアミノフェンのみ使用することができる。
・不活化ワクチン
 赤血球凝集阻止(HI)抗体を新たに作り出すか、抗体価を上昇させることにより感染防止または重症化の阻止を図る。発病防止効果は70〜90%。副作用は一般に軽微である。


【註記】


【参考】
・岡田晴恵、田代眞人「感染症とたたかうーインフルエンザとSARSー」岩波書店2003


【作成】2017-01-01