単純ヘルペス脳炎(HSE)

単純ヘルペス脳炎
Herpes Simplex Virus Encephalitis (HSE)


【概念】
 単純ヘルペス感染による死亡率の高い急性壊死性脳炎。

【疫学】
 散発性ウィルス脳炎の中で最も頻度が高い。
 脳炎全体の5〜20%(起炎ウィルスの判明した脳炎の20〜70%)。
 人口10万人当たり0.2(年間約200例発症)。性差はなく、発症時期の季節差もない。
 乳児期から成人までの各年代にみられる。急性脳炎の中で最も予後が悪く、致命率約10〜15%、生存例の多くも重い後遺症を残す。

【病原体】
 HSV-1(口型)は口、眼、脳に、HSV-2(陰部型)は性器に感染しやすい。脳炎を起こすにはほとんどが HSV-1 である。
 新生児では、母親の陰部ヘルペスによる HSV-2 感染が、全身感染の一環としてみられる。
 若年者・成人で HSV-2 による良性髄膜炎を起こすことがあるが、稀に髄膜脳炎の形を取る。
 エイズ患者では、初期には HSV-2 感染による脳炎が起こりやすく、免疫能が低下すると HSV-1 による亜急性〜慢性脳炎が起こりやすくなる。
 HSVは初感染の後、神経節の細胞質内にDNAとして潜伏感染し、その後主に宿主側に変化(免疫能低下、ストレスなど)が生じたとき再活性化され、回帰発症する。ウィルスは神経系細胞に好んで増殖する。

【臨床】
 通常、急性に発症するが、亜急性〜慢性発症や再発例も報告されている。
 全身感染症状、髄膜刺激症状、脳症状を中核症状とし、多くは前2者で発症するが、時に(約2割)脳症状で発症する。
 全身感染症状として発熱、上気道感染症状が多く、40度以上の高熱を来すこともある。髄膜刺激症状としては頭痛の頻度が最も多い。
 脳症状としては、意識障害が大部分の例でみられる。痙攣は小児例に多く、しばしば難治性である。病初期にミオクローヌスがみられることもある。精神症状・失語・記銘力障害はしばしばみられる。人格変化、幻覚、妄想、錯乱、性的亢進などがみられることもある。後遺症として健忘症候群、Kluver-Bucy 症候群、人格変化が稀ならずみられる。

 臨床的特徴としては、
① 神経症候に局在徴候・左右差が目立ち、一側性、限局性のこともある。
② 側頭葉・前頭葉眼窩回などが選択的に障害されやすいため、意識障害が強くなる前に人格変化、異常行動、幻覚などの精神症状や失語症状を呈する例が多い。
③ 運動麻痺や錐体外路症状が比較的少なく、知覚障害が目立たない。

【病型】
1)側頭葉・眼窩回型
 典型例で、側頭葉・前頭葉眼窩回を中心に島部、海馬傍回、直回、帯状回などが侵される。精神症状を呈しやすい。嗅神経ないし三叉神経節を介した感染経路が推定される。
2)間脳・脳幹型
 間脳(視床、視床下部)、脳幹のいずれか、または両方が侵される。三叉神経・迷走神経・舌咽神経を介した感染経路が推定される。
3)広汎型
 脳全体が侵される型。
4)その他の型
 通常侵されにくい後頭葉、頭頂葉が主病変になることもある。

【検査】
 一般検査所見:特徴的な所見はない。SIADH による低 Na 血症がみれることもある。
 髄液検査:圧上昇、蛋白増加、単核球優位の細胞増多がみられるが軽度〜中等度である。初期には一過性に多核白血球優位の細胞増多がみられることもある。キサントクロミー陽性例が比較的多い。
 脳波所見:病初期より異常が見られやすい。周期性同期性放電(PSD)は第2〜第15病日にみられやすく、左右非対称性にかつ側頭部中心に起こり、2〜3Hzの周期が多い。

【診断】
1)HSV ないし HSV 抗原の証明
 脳生検により、光顕的に Cowdry A 封入体の証明、電顕的に HSV の証明、蛍光抗体法ないし免疫組織化学染色による HSV 抗原の検出、HSV の分離など。
 または純化した HSV 糖蛋白に対するモノクローナル抗体を用いて髄液中の HSV 蛋白を検出する immunoblot 法など。

2)抗体測定法
 最近の HSV 感染の証明には次の2法がある
① HSV-IgM 抗体の検出、またはペア検体で抗体価の有意な増減
② 髄液 HSV 抗体の中枢神経内産生の証明
  髄液抗体価/血清抗体価が1/20以上
  抗体指数(IgG index)が1.91以上
  ELISA 法で抗体捕捉比(髄液値/血清値)の上昇

なお、初感染時は IgM 抗体が検出されやすいが、再燃時には証明されないことが多い。そのため、成人例では IgM 抗体の証明はほとんど期待できず、IgG 抗体の上昇に頼らなければならない。

a.補体結合反応(CF)
 初感染時はCF値の有意な上昇がみられるが、再燃時には有意な上昇がみられないことが多い。
b.中和試験(NT)
 感度はCFとほぼ同じであるが、特異性がより高い。
c.ELISA
 感度はCFの100〜200倍高い。ただし、false positive も多い。

3)PCR法
 HSVゲノムを増殖させて検出する方法で、最も感度がよい。
 脳生検と比較しても感度98%、特異性94%ときわめて良好な一致率をみる。
 髄液中には感染性のウィルスは検出されないが、PCR法ではHSVが少量のDNAフラグメントとして存在することが確認できる。
 抗ヘルペス剤投与を開始すると発症後7〜10日頃よりHSVゲノムが消失していく。また、臨床症状が再発する例では、その時期に一致して一度陰性化したゲノムの再出現が認められる。

【予後】
 未治療では死亡率が60〜80%に上る。
 治療としては Ara-A や acyclovir が有効である。
 予後を左右するのは、治療開始時における意識レベルと患者の年齢であり、意識障害が軽い内に治療を開始されたもの、30歳未満のものが予後はよい。
 20〜30%に症状の再発がみられる。