ヘルペスウイルス科 Herpesviridae
【概念】
ヘルペスウイルス科はアルファ、ベータ、ガンマの3亜科に分類され、全体でヘルペスウイルス目 Herprdviralesを形成する。ウイルスの系統樹と宿主動物の系統樹がきれいに一致することより、宿主動物の進化・分岐とともに進化し、多様化したと考えられる。
ヒトに感染性を持つのは6属9種。
【性状】
・外径120〜260nmの大型DNAウイルス
・エンベロープあり
・カプシドは正20面体
・ゲノムは120〜300kbpの2本鎖DNAで70〜200個の遺伝子をコードする。
・エンベロープとヌクレオカプシドに挟まれたテグメントには20〜30種のタンパク質がパッケージされてる。
【感染様式】
1)溶解感染 lytic infection
エンベロープに存在する10種を超える糖タンパク質により細胞表面の糖鎖・ヘパラン硫酸に吸着する。続いてヌクレオカプシドが細胞質に侵入する際、テグメントタンパク質も同時に細胞質に放出される。テグメントタンパク質には宿主細胞の生理状態をウイルス増殖に適合させる因子やウイルスの遺伝子発現調節因子が含まれており、感染早期に機能する。
ヌクレオカプシドは細胞の物質輸送系を利用して核周囲に運ばれる。核膜孔を通って核内にDNAが放出され、環状化してタンパク質の発現とDNA複製が開始される。
遺伝子発現を調節する前初期遺伝子 immediate early geneが発現し、それによってDNA複製にか関わる酵素群をコードする初期遺伝子 early geneが発現し、ゲノムの複製が開始する。その後に発現する遺伝子群を後期遺伝子 late geneと呼び、ウイルス粒子を構成する構造タンパク質がコードされている。
2)潜伏感染 latent infection
核内に侵入し、環状化したDNAがエピソーム(宿主の染色体とは別個に存在する小型DNA)ととて存続する。ヘルペスウイルス科のすべてのウイルスには潜伏感染する能力があり、感染すると必ず潜伏感染すると考えられている。潜伏状態では全くタンパク質を発現しないか、宿主が抗原として認識できない限られたタンパクしか発現しないため、免疫系は潜伏感染細胞を認識できない。
その後、何らかの刺激を受けると再活性化 reactivationし、増殖を開始する。
γ-ヘルペスウイルスは潜伏感染すると宿主細胞を不死化 immortalizationさせるため、がんウイルスとなりうる。
3)回帰感染 reccurent infection
感染は一般に体液を介して接触感染するが、水痘-帯状疱疹ウイルスのみは空気感染によっても伝播する。顕性感染はVZVで約80%、HHV-B6で約60%だが、その他のウイルスでは顕性感染率は少ない。
初感染により獲得免疫が成立するが、その時期にはウイルスは潜伏状態に入っている。潜伏したウイルスが再活性化し、発症およびウイルス排泄が始まった状態を回帰感染と呼ぶ。
回帰感染は宿主の細胞性免疫の低下によって起こることが多いが、宿主は中和抗体をもっているため、体液に触れたウイルスは中和されるので、結果的に細胞から細胞へと体液に中和されない感染のみが拡大し、そのため初感染とはやや異なる病像を示す。
なお、ヘルペスウイルスに対する免疫では発症は抑制できるが感染は防げないため、われわれは生涯にわたって新たなウイルス株に再感染し、その株もまた潜伏感染する。
【分類】
・ヘルペスウイルス科 Herpesviridae
・アルファヘルペスウイルス亜科 Alphaherpesvirinae
・単純ウイルス属 Simplexvirus
・ヒトヘルペスウイルス1型 Human herpesvirus 1 (HHV-1)
単純ヘルペスウイルス1型 herpes simplex virus-1 (HSV-1)
・ヒトヘルペスウイルス2型 Human herpesvirus 2 (HHV-2)
単純ヘルペスウイルス2型 herpes simplex virus-2 (HSV-2)
・バリセロウイルス属 Varicellovirus
・ヒトヘルペスウイルス3型 Human herpesvirus 3 (HHV-3)
水痘・帯状疱疹ウィルス varicella-zoster virus (VZV)
・ベータヘルペスウイルス亜科 Betaherpesviridae
・サイトメガロウイルス属 Cytomegalovirus
・ヒトヘルペスウイルス5型 Human herpesvirus 5 (HHV-5)
サイトメガロウイルス Cytomegalovirus (CMV)
・ロゼオロウイルス属 Roseolovirus
・ヒトヘルペスウイルス7型 Human herpesvirus 7 (HHV-7)
・ヒトヘルペスウイルス6A型 Human herpesvirus 6A (HHV-6A)
・ヒトヘルペスウイルス6B型 Human herpesvirus 6B (HHV-6B)
・ガンマヘルペスウイルス亜科 Gammaherpesvirinae
・リンフォクリプトウイルス属 Lymphocryptovirus
・ヒトヘルペスウイルス4型 Human herpesvirus 4 (HHV-4)
エプスタイン・バールウイルス Epstein-Barr virus (EBV)
・ラディノウイルス属 Rhadinovirus
・ヒトヘルペスウイルス8型 Human herpesvirus 8 (HHV-8)
カポジ肉腫関連ヘルペスウィルス (KSHV)
1.α-ヘルペスウィルス亜科 Alphaherpesviridae
宿主域はウイルスによって多様。比較的増殖サイクルが短く、感染細胞は通常速やかに破壊される。神経系組織に親和性があり、知覚神経節に潜伏感染するものが多い。
1)ヒトヘルペスウィルス-1 (HHV-1)
単純ヘルペスウィルス1型 herpes simplex virus 1
初感染はヘルペス性口内歯肉炎(不顕性感染も多い)。
三叉神経節に潜伏し、再帰的に口唇ヘルペス、角膜ヘルペスをおこす。
免疫低下状態では全身性感染やヘルペス脳炎をおこす。
2)ヒトヘルペスウィルス-2 (HHV-2)
単純ヘルペスウィルス2型 herpes simplex virus 2
初感染は性器ヘルペスで、性交により伝播する。
仙髄神経節に潜伏感染し、再帰的に性器ヘルペスを反復する。
免疫低下状態では全身感染をおこしうる。
3)ヒトヘルペスウィルス-3 (HHV-3)
水痘-帯状ヘルペスウィルス varivella-zoster virus (VZV)
初感染は水痘で、脊髄後根神経節に潜伏し、再帰的に帯状疱疹を発症する。
免疫低下状態では汎発性帯状疱疹肺炎をおこす。
2.β-ヘルペスウィルス亜科 Betaherpesviridae
宿主域は狭く、増殖サイクルは長い。感染細胞はしばしば肥大(サイトメガリア cytomegalia)し、核や細胞質に封入体が形成される。分泌腺、リンパ網様系細胞、腎臓、肺などに持続感染する。
1)ヒトヘルペスウィルス-5 (HHV-5)
サイトメガロウィルス cytomegalovirus (CMV)
通常、母親より新生児に垂直感染する。多くは不顕性感染で、まれに肺炎、肝炎をおこす。
経胎盤感染をおこすと新生児の先天性巨細胞封入体症がおこる。
腺組織に潜伏し、再帰的に肺炎、胃腸炎、網膜炎をおこす。
2)ヒトヘルペスウィルス-6 (HHV-6)
BおよびTリンパ球に感染し、乳児に突発性発疹をおこす。A、Bの2型がある。
伝染性単核球症の一部と慢性疲労症候群の原因でもある。
3)ヒトヘルペスウィルス-7 (HHV-7)
Tリンパ球に感染し、突発性発疹をおこす。
3.γ-ヘルペスウィルス亜科 Gammaherpesviridae
宿主域は狭く、増殖サイクルの長さはさまざま。この亜科に属する全てのウイルスはリンパ芽球様細胞で増殖するが、上皮細胞や線維芽細胞で増殖するものもある。T細胞かB細胞のどちらか一方に感染する場合が多い。リンパ系組織に潜伏感染し、潜伏感染細胞を不死化する。
1)ヒトヘルペスウィルス-4 (HHV-4)
Epstein-Barr(EB)ウィルス
乳児期に感染した場合、多くは不顕性感染。思春期に感染すると伝染性単核球症をおこす。
慢性活動性感染ではバーキットリンパ腫や上咽頭癌の発生がおこる。
2)ヒトヘルペスウィスル-8 (HHV-8)
カポジ肉腫関連ヘルペスウィルス Kaposi sarcoma-associated herpesvirus (KSHV)ともよばれる。
1994年にAIDS患者由来のカポシ肉腫組織中に発見された。
キャッスルマン病やAIDS患者にみられる体腔リンパ腫もこのウィルスに起因する。
【註記】
【参考】
【作成】2016-12-11