脳梗塞 cerebral infarction

脳梗塞 cerebral infarction


【概念】
 脳血管が閉塞し局所脳血流が正常の30〜40%以下の虚血 ischemiaになるとシナプス機能障害が発生し、10〜20%に至ると血流再開が短時間で得られなければ、神経細胞、次いでグリア細胞の壊死、さらに血管や細胞間隙の破壊へと段階的な非可逆的期障害がおこる。
 脳血管閉塞による虚血により脳組織が壊死に至る病態を脳梗塞 cerebral infarctionと呼ぶ。
 全身臓器の中でも脳、特に神経細胞は虚血に対して最も脆弱である(選択的脆弱性 selective vulnerability)。

【病態生理】
 血管閉塞急性期には、虚血中心部 ischemic coreの周辺に、側副血行路の血流によりかろうじて生きながらえている組織があり、脳血流の低下が解除されれば回復し、さもなければ死に至る虚血性ペナンブラ ischemic penumbraがある。
 速やかに閉塞血栓を溶解または除去して局所脳血流を回復させ、ペナンブラ脳組織の救援により脳機能保護を目指すことが、すべての病型の脳梗塞に対して共通の超急性期再灌流療法の基本となる。

【発生機序による分類】
 脳主幹動脈の粥腫、または脳穿通枝動脈の微小粥腫の血栓症を基盤として脳血管が閉塞する病態をそれぞれアテローム血栓性脳梗塞 atherothrombotic infarction、ラクナ梗塞 lacunar infarctionと呼ぶ。
 脳主幹動脈閉塞や高度狭窄により灌流領域の血流低下により梗塞に至るものを血行力学的脳梗塞 hemodynamic infarctionと呼ぶ。
 心臓内に形成された血栓が遊離し、頭蓋内血管に飛来閉塞することによるものを心原性脳塞栓症 cardiogenic embolismという。
 このいずれにも妥当しないものは分類不能の脳梗塞とされる。
 神経症候が24時間以内に消失すれば、画像上梗塞巣の有無を問わず一過性脳虚血発作 transient ischemic attack (TIA)と定義される。
 脳梗塞・TIAを包括する概念は急性脳血管症候群 acute cerebrovascular syndrome (ACVS)と呼ばれる。

ラクナ梗塞 lacunar infarction
アテローム血栓性脳梗塞 atherothrombotic infarction
血行力学的脳梗塞 hemodynamic infarction
心原性脳塞栓症 cardiogenic embolism

脳梗塞の特殊な原因

【臨床症状】
急性血管閉塞部位と主要症候(別掲)

【治療・予防】
1)基本治療
・発症24時間、神経症候が安定するまでは、ベッド上安静。
・脱水予防と血液粘度低下のために持続輸液。
・降圧療法は収縮期圧が220mmHgを超えない限り行わない。

2)超急性期経静脈的rt-PA血栓溶解療法
・超急性期は発症4.5時間以内に治療が開始できる時期。
・脳梗塞の病型に関わらず rt-PA (recombinant tissue plasminogen activator)・アルテプラーゼの経静脈的全身投与治療の適応となる。
・rt-PAによる早期再灌流療法は虚血性ペナンブラを救援し、その結果症候が軽快し軽微な後遺症で社会復帰が期待できる。
・ただし、禁忌事項からの逸脱は、梗塞部の出血性変化・血腫による症状悪化や死亡の危険性を増大させる。

3)超急性期血管内治療
・rt-PAの適応基準を満たさない内頚動脈や脳底動脈、中大脳動脈水平部閉塞による発症6〜8時間未満の脳梗塞例、および rt-PA単独療法による再灌流が得られないと判断された例のうち、ペナンブラが広範囲で残存すると判断された症例に適応となる。
・ペナンブラ型血栓吸引除去治療、ステント型リトリーバー血栓除去術などが行われる。

4)抗血栓療法
・抗血小板療法:アスピリンの早期投与が推奨される。
・アテローム血栓性脳梗塞に対しては抗トロンビン薬(アルガトロバン)、ラクナ梗塞にはトロンボキサン合成酵素阻害剤(オザグレルナトリウム)が用いられる。
・rt-PA投与終了後は24時間待機して抗血栓療法を開始する。
・内頚動脈狭窄症や頭蓋内動脈狭窄に対してはクロピドグレルやシロスタゾールをアスピリンと併用する(dual antiplatelet therapy : DAPT)。
・心原性脳梗塞に対しては、トロンビン阻害薬(ヘパリン)を開始する。
・ワルファリン投与をPT-INRの適正値領域が維持できるように投与する。

5)脳保護薬
・活性酸素消去薬エダラボンが脳保護薬として急性期再灌流療法時に使用される。
・脳浮腫に対しては、浸透圧利尿薬10%グリセリンを併用する。
・血行力学的脳梗塞に対しては、血液灌流量増加および粘稠度低下を目的に低分子デキストラン投与を考慮する。

6)急性期外科的治療
・非高齢者で脳ヘルニアの危険性があるときは開頭減圧術 hemicraniectomyを考慮する。
・内頚動脈起始部の有意狭窄(直径比で70%以上)によるアテローム血栓性脳梗塞の亜急性期には頸動脈内膜剥離術 carotid endarterectomy (CEA)を考慮する。
・心血管合併症を有する75歳以上の高齢者に対しては血管内ステント治療 carotid angioplasty / stentingがCEAに代替される。
・浅側頭動脈と中大脳動脈閉塞遠位部位とをつなぐ頭蓋外動脈頭蓋内動脈吻合術 extracranial-intracranial anestomosisが行われることもある。

7)慢性期の再発予防
・非心原性脳梗塞に対して抗血小板療法としてアスピリン、シロスタゾール、クロピドグレルが投与される。
・目標血圧は140/90mmHg未満、後期高齢者や両側内頚動脈狭窄症例では150/90mmHg未満とする。
 降圧剤は長時間作用型Ca拮抗薬、アンジオテンシン変換酵素阻害薬、アンジオテンシン受容体拮抗薬、少量の高圧利尿薬の各クラスが第一選択となる。
・糖尿病に関しては、HbA1c7%未満とする安定的な血糖管理を行う。
・アテローム血栓性脳梗塞予防として、高LDLコレステロール血症やLDL/HDL比の是正を目的に脂質低下薬(スタチン製剤)投与やEPA併用を行う。


【参考】