鳥インフルエンザ Avian influenza virus infection in human
【概念】
インフルエンザウイルスのうち、A型は宿主域が広く、水禽類、家禽類のほか、ヒト、豚、馬、クジラなどの哺乳類にも広く感染する。ウイルス株はそれぞれの種と一定の親和性があり、種を越えてウイルスが感染することはあまりない。
1997年に香港でA(H5N1)型のHPAIのヒトでの感染が初めて確認されるまで、本病原体はレセプターの違いから、鳥からヒトへの直接感染はないと考えられていた。
現時点で、鳥インフルエンザはヒトに対する感染性は低く、ヒト-ヒト感染もほとんど見られないが、ウイルスは遺伝子交雑によって変異を起こしやすいため、ヒトからヒトへ容易に感染する性質を獲得すると、人類はこれらのウイスルに全く免疫を持たないため、世界的大流行(パンデミック)となる危険性がある。
〈高病原性鳥インフルエンザウイルス highly pathogenic avian influenza virus : HPAIV〉
「高病原性」は、鳥における病原性の定義である。
最低8羽の4〜8週齢の鶏に感染させて、10日以内に75%以上の致死率を示した場合に高病原性を考慮する(国際獣疫事務局 OIE)。
ちなみに、ヒト感染時の病原性は、家禽に対する病原性とは無関係である。
現在(2017)、H5N1亜型HPAIVとH7N9亜型AIVによるヒト感染事例が多くみられている。家禽では複数のアジア型H5亜型HPAIVが世界的に流行しており、アジアでは従来型のH5N1に加え、H5N6、H5N8亜型が分離されている。ヨーロッパではH5N8亜型が中心となり、アフリカではH5N1亜型が中心となっている。
〈鳥インフルエンザのインパクト〉
1)養鶏などの産業への影響
特に高病原性鳥インフルエンザは家禽の大量死をもたらす。また、流行遮断のために膨大な数の家禽の殺処分が必要となる。
2)ヒトへの感染の懸念
鳥インフルエンザウイルスA(H5N1)やA(H7N9)は、まれにヒトに感染し重篤な症状を引き起こす。
【鳥インフルエンザウイルスの病原性】
野鳥に存在する鳥インフルエンザは、ほとんどの場合不顕性感染であり、野鳥との間に共生関係が成り立っている。これが家禽や哺乳類に感染したときに病原性を現す。
家禽に対する「高病原性」の定義は上記の通り。また、家禽に対する病原性は、ヒトに感染した時の病原性の強さとは無関係である。例えば、H5N1亜型は家禽でもヒトでも高い病原性を示し、H7N9は家禽では病原性が低いにもかかわらず、ヒトに感染すると高い致死率を示す。
鳥インフルエンザウイルスは通常、容易にヒトへの感染性を示さない。
1)レセプター特異性の違い
鳥インフルエンザウイルスとヒト季節性インフルエンザウイルスとは、それぞれ結合様式の異なるシアル酸をレセプターとして利用しており、人の上部気道には鳥型レセプターが存在しない。
ただし、H9N2亜型やH7N9亜型ウイルスは、トリ型レセプターとヒト型レセプターの両方を認識化のであることが判明している。
2)至適増殖温度とHAの至適pH の違い
ウイルスポリメラーゼの至適温度の違いにより、鳥インフルエンザウイルスは高い温度でよく増殖するのに対し、ヒト型インフルエンザウイルスは低い温度での増殖能力が高い。
また、インフルエンザウイルスが宿主細胞内で増殖するには、HA蛋白質が宿主細胞内のエンドソームでその膜と融合する必要があるが、膜融合の至適pHが鳥インフルエンザウイルスとヒトインフルエンザウイルスでは異なっていることが知られている。
【インフルエンザA(H5N1)】
〈疫学〉
1997年、香港においてヒト感染が18例(死亡6例)報告され、その後渡り鳥や家禽の流通により世界中に拡散した。2003〜2016年に世界16国で約850人の確定患者が報告されており、死亡率は53%である(WHOより)。
A(H5N1)に対するレセプターがヒトの上気道にはほとんど発現しておらず、ウイルスの発育至適温度もヒトの気道の温度よりも高いことから、ヒトへの感染力は弱く、ヒト-ヒト感染もまれである。ただし、下気道にはレセプターが発現しているため、発症者はウイルス性肺炎を惹起しやすい。
〈臨床〉
・潜伏期間は2〜5日。
・ほぼ全例で38℃以上の発熱、咳嗽を認める。
・呼吸困難、咽頭痛、鼻汁、下痢、筋肉痛、頭痛などもみられる。
・末梢血で白血球(特にリンパ球)減少、血小板減少がみられる。
・胸部X線の肺炎像は発症2〜3日頃から出現し、急速に悪化してARDSとなる。
・肺の病理所見はびまん性肺胞障害(DAD)である。
・診断はRT-PCRによるウイルスRNA検出。
【インフルエンザA(H7N9)】
〈疫学〉
2013年3月に中国から最初のヒト感染例が報告され、その後中国東部を中心に現在まで報告が続いている。2013〜201611月までの累積患者数800名(致死率40%)。
数例のヒト-ヒト感染の報告があるが、現時点では持続可能なヒト-ヒト感染を起こすほどの感染力はないと考えられている。
〈臨床〉
・潜伏期間3〜7日
・通常呼吸器感染症状で発症し、重症例は肺炎、呼吸不全、ARDS、敗血症性ショック、多臓器不全、横紋筋融解症、DIC、脳症などを合併する。
・胸部X線写真やCTで、多葉に及ぶ斑状コンソリデーション、びまん性すりガラス陰影など多彩な陰影を認める。
・比較的軽症例や不顕性感染例も存在する。
【治療】
・A(H5N1)に対しては、早期からのオセルタミビル投与が推奨される(WHOガイドライン)。
・高用量コルチコステロイドは有用性が証明されておらず、ウイルス排泄期間の延長や、骨壊死・精神症状・二次感染等の有害事象が見られるため推奨されない。
ただし、通常の治療に抵抗性で敗血症性ショックを合併し、相対的副腎機能低下に陥っている症例に対しては、補充量のステロイド投与が検討される。
・A(H7N9)に対しても、ノイラミニダーゼ阻害薬が第一選択となり、早期にオセルタミビルかザナミビル投与を行う。
【対策】
・A(H5N1)およびA(H7N9)のヒト感染例は二類感染症に指定されている。
・2006年度よりA(H5N1)ワクチンは「プレパンデミックワクチン」として、毎年約1000万人分ずつ国家備蓄されている(新型インフルエンザ対策行動計画)。
・2016年に中国でA(H5N6)による16人の感染者(死亡10名)がでており、監視対象となっている。
【主な鳥インフルエンザ感染報告】
・1997年 香港でH5N1亜型HPAIVに18名感染、6名死亡(香港事件)
中間宿主の存在なしに鳥インフルエンザウイルスが直接ヒトに感染することが判明
・1999年 香港で小児2名がH9N2亜型に感染(軽症)
・2003年 オランダでH7N7亜型HPAIVの防疫作業に関与した獣医師1名が死亡
数百名の結膜炎患者が発生
・2003年後半より、ベトナム、タイを皮切りにH5N1亜型HPAIVのヒト感染例が多発
2003〜2009年に東南アジアで450名以上の感染が確認され、その後沈静化
2015年よりエジプトで継続中
・2013年より、中国を中心にH7N9亜型AIVによるヒト感染事例
家禽に対する病原性は低いが、ヒトでは病原性が高い。
・2014年4月以降、中国でH5N6亜型HPAIVによるヒト感染事例が散発
・2014〜2015年 日本でH5N8亜型HPAIVによる家禽での発生5件
【註記】
【参考】
・川名明彦「鳥インフルエンザ」:日医雑誌 第146巻第2号 2017
・西藤岳彦「鳥インフルエンザ」:日本内科学会雑誌 第106巻第3号 2017
【作成】2017-06-03