失行 apraxia

失行 apraxia 


【定義】

 運動執行機関に異常がないのに、目的に沿って運動を遂行できない状態(Liepmann 1905)。
 臨床的に明らかな麻痺、不随意運動、失調、筋緊張異常などがないこと、かつ、認知の面でも明らかな障害がないことを前提とする。


1. 肢節運動失行 limbkinetic apraxia

 熟練しているはずの運動行為が拙劣化している状態。

a.力動的失行 dynamic apraxia
 比較的簡単な要素的運動能力は保存されているが、その組み合わせからなる連続的行為が障害されている状態(運動メロディー kinetic melody の喪失;Luria 1966)。
 健常人では反復練習で熟達するような動作が、拙劣なままに止まる。
 原則として運動前野の障害で、反対側の手にみられる。

b.触知失行 palpatory apraxia
 能動的触知行動 active touch (主体の触知行動と、その運動の結果生み出される触覚情報とが一連の統合活動を展開することにより、触知行動につれて一段高次の受容系が賦活されていく過程)の障害による(山鳥 1982)。
 要素的運動能力や模倣行為、共同運動などは保たれているのに、手と客体との運動関係がきわめて拙劣になると同時に、対象の触知能力(運動の感覚や触点定位、2点識別、立体覚)の障害がみられる。
 感覚運動皮質の障害で、反対側上肢に出現すると考えられる。


2. 観念運動失行 ideomotor apraxia (IMA)

 言語命令を媒介として喚起可能な種類の、社会的習慣性の高い客体非使用性運動行為の意図的実現困難。
 障害される行為は、生存に不可欠の運動や自動的運動ではなく、多様な選択肢の中から選択可能な運動パターンのうち、習慣化して社会的意味を帯びた運動である。従って、ある意味を持った仕草やパントマイムなどが含まれる。
 最大の特徴は、別な状況(例えば必要に迫られた場合など)では十分可能な運動が、意図的に遂行できなくなることであり、運動開始のきっかけが判らずに困惑したり、違う運動が現れたり(parapraxia)、了解不能な動きをしたり(amorphous movement)、保続が起こったり、不必要な運動の添加や必要な運動の省略がみられたり、試行錯誤がみられたりする(運動の質的異常)。

a.口部顔面失行 buccofacial apraxia
 言語命令または模倣命令に応じて口部顔面の習慣的運動を遂行できなくなる状態。
 左半球の病巣により起こる。

b.狭義の観念運動失行
 上肢を中心にみられるIMAで、言語命令や模倣命令による習慣的行為が遂行できない状態。テスト状況でのみみられ、日常生活に支障を来すことはない。
 よくみられる現象に、身体の一部を道具に見立てる動き(body part as object 現象、BOP ;Goodglass 1963)がある。
 左半球頭頂葉病変が重視されているが、左半球の側頭頭頂領域から運動前野に至る広範な領域のいずれかの障害で起こりうる。

c.脳梁失行
 脳梁損傷で、患者の左手に限局してIMAが生じるもの。
 その本態は、言語命令の右半球への伝達障害にあるとされる(Geschwind 1962)。

d.交感性ディスプラキシー sympathetic dyspraxia
 左半球損傷患者で、右手に失行症を呈するものが、左手にも多少の運動拙劣化がみられる状態(Liepmann 1908)。
 左半球の運動優位性を反映する現象で、右半球が左半球からの影響を失った結果と考えられる。


3. 観念失行 ideational apraxia

 日常慣用の物品の使用障害。
 認知機能と運動執行能力には異常がないのに、物品を正しく操作することができない状態で、しかもその障害は拙劣症によるものではなく、操作に際しての困惑や操作の誤りによる(Morlas 1928)。

a.単一客体の操作困難
 使用すべき対象が何であるかは認知しているが、なおかつその使用がうまく行かない状態。運動自体は可能で正しいが、その運動を誤った対象に用いる。
 左半球、特に中心溝後方領域の病巣によるとされる。

b.複数客体の操作困難
 複数の物品を順次に使わなければ一つの行為が完成しないような行為系列の障害。
 対象は全て認知し、行為目的も了解し、要素行為そのものも運動として正しいが、一連の動作の中で運動が誤った対象に向けられたり、行為の順序が前後したり、途中で困惑したりする。
 左半球頭頂葉後方から後頭葉前方、中側頭回最後方部が病巣の主座とされている。


4. 着衣失行 dressing apraxia

 日常の着衣動作の自動的で自然な能力が失われ、衣服と自己身体の関係に混乱が生じ、衣服を身に着けることができない状態(Brain 1941)。
 右半球病巣によるものが多い。


5. 構成失行 construction apraxia

 まとまりのある形態を形成する能力の障害。単一の運動の障害ではなく、部分を空間的に配置する行為能力の障害による(Kleist 1934)。

a.客体を素材とした時の構成障害
 いずれの半球の障害においても認められるが、左右で質的な差がみられる。
 左半球障害では、運動失行水準における企画能力の障害を示唆する特徴がみられ、右半球障害では、視空間的障害の要素が混入する。
 脳梁損傷では、右手一側性に構成障害がみられることがある。

b.自己身体による構成障害
 指パターンの模倣障害と構成障害の相関が高い(小倉ら 1983)。


【註記】


【参考】


【改訂】2016-12-04