炭疽 anthrax
【概念】
炭疽菌による感染症で、本来は家畜にみられる人獣共通感染症である。
【病原菌】
炭疽菌 Bacillus anthracisは世界的に分布する好気性のG陽性桿菌で、芽胞を形成し、土壌中に存在する。大型の桿菌が連鎖状に発育し、鞭毛がないために運動性を示さず、血液寒天培地でも溶血性を示さない。
菌の莢膜はマクロファージなどの貪食に抵抗性を持ち、菌が産生する浮腫因子 edema factorや致死因子 lethal factorなどの毒素や、防御抗原 protective antigenと呼ばれる蛋白は、宿主に出血、浮腫、壊死などを引き起こし、その強い病原性により重症感染症に陥りやすい。
芽胞形成により菌が生体内で長期間定着する可能性もある。
【疫学】
我が国での発生はきわめてまれ(数年に1例程度)。
ヒトは一般的に炭疽菌に感染した家畜を介する場合が多く、罹患動物との接触やその食肉、また皮革の加工の際に感染することもある。
本菌は生物化学兵器として利用されるリスクが高く、2001年には米国でバイオテロが発生した。
米国CDCは最も危険度の高いカテゴリーAに分類している。
感染症法では二類感染症に指定されている。
【臨床症状】
皮膚炭疽、肺炭疽(吸入炭疽)、腸炭疽の3種類に分類されるが、肺炭疽および腸炭疽はきわめてまれ。
潜伏期間は1〜7日。
1)皮膚炭疽
皮膚の傷口より菌が侵入し、無痛性の膿疱を形成し、やがて中央部が壊死を起こす。
病変部は黒褐色の痂皮を形成するのが特徴的。
感染部位の所属リンパ節炎を起こしやすい。
2)肺炭疽(吸入炭疽)
空気中に浮遊する芽胞を吸入して発症する。
初発症状は微熱、倦怠感などの感冒症症状。
次いで頭痛、筋肉痛、悪寒、胸痛が起こり、その後呼吸困難、チアノーゼ、胸水などを伴い、ショック状態へ急激に進展する。
胸部X線では感染早期より肺門部の拡大を認め、高度なリンパ節腫脹を伴う縦隔拡大が特徴となる。肺の浸潤影、胸水貯留、肺水腫、肺出血などもみられる。
自然界で発症する可能性は低く、バイオテロが原因となっている可能性を考慮する。
3)腸炭疽
汚染された食品などを摂取後に悪心、嘔吐、腹痛、発熱などで発症する。
さらに吐血、下血、下痢などが起こり、菌血症を合併して重症化することがある。
咽頭部で感染を起こすと、咽頭痛、嚥下障害、発熱などとともに頸部リンパ節腫脹がみられる。
4)合併症
重症例では菌血症や敗血症を伴いやすい。
炭疽菌性髄膜炎は、発症から数日以内に突然の髄膜炎症状が起こり、急激に意識障害をきたし、死亡率が高い。
【検査・診断】
末梢白血球は好中球優位の増加を示す。
診断は血液培養とともに末梢血の直接塗抹標本をグラム染色して行う。
【治療】
ペニシリン系、カルバペネム系、キノロン系、テトラサイクリン系など多くの抗菌薬に感受性を示す。
肺炭疽が疑われる場合は、速やかにキノロン系やテトラサイクリン系抗菌薬を他の薬剤と併用して大量に投与する。
脱水、呼吸不全、ショックなどに対する全身管理も必要となる。
炭疽菌ワクチンは米国で承認されているが、主に軍関係者等リスクの高い人にのみ使用されている。
発症予防を目的としてシプロフロキサシンなどの抗菌薬の予防内服が行われることもある。
【註記】
【参考】
【作成】2017-06-11