アルツハイマー病

アルツハイマー病 
Alzheumer’s Disease 


【概念】

 初老期痴呆の一型で、病理学的に老人斑と神経原線維変化の著しい出現とそれに伴う脳の全般的萎縮を特徴とする。発症様式と経過の特徴は temporal profile と呼ばれる。

【疫学】

 好初年齢は45〜60歳。男女比は1:2〜3で女性に多い。
 地域差、人種差はほとんどない。
 両親が健常な場合に比べ、片親がATDである場合は2倍近くの発症率を示す。

【症状】

・初期は記憶、記銘力の障害で始まり、病識を有する。
 情動は易刺激性や自発性低下を示す。人格の核心は保たれている。
・中期には様々な巣症状が加わる。
 頭頂葉症状:空間失見当識(道に迷う)、構成行為障害(日常動作の障害)。
 側頭葉症状:健忘性失語、保続言語、語間代 logoclonia、反響語 echolalia。
 錐体外路症状: Parkinson 症状、時にミオクローヌスや痙攣発作。
・末期は高度の認知症にいたり、精神機能廃絶、廃用性萎縮、関節拘縮を来す。
 経過を通じて錐体路症状、小脳症状、感覚障害は原則としてみられない。
・全経過は発症より6〜12年。

【検査】

 CT:大脳の広範な萎縮。
 脳波:中期より徐波化が始まる。前頭葉優位の高振幅徐波(2〜5Hz)が特徴的。
 PET/SPECT:比較的早期から左右いずれかの頭頂葉・側頭葉で脳代謝率・血流が低下。
 血液・髄液:α1-アンチキモトリプシン(ACT)濃度の測定は早期診断に役立つ可能性がある。 ACT は老人斑関連蛋白の一種で、ATD においては髄液中で増加するという報告が多い。

【病理】

 大脳皮質の広範な萎縮と、脳溝・脳室の拡大が著明であるが、萎縮の程度と痴呆との間には必ずしも相関はない。皮質の萎縮は前頭葉、側頭葉に強い。
 大脳の退行性変化は海馬領域にまず起こり、次いで側頭葉、頭頂葉さらに前頭葉へと拡がるが、運動領、感覚領、小脳には出現しがたく、そのため運動障害や感覚障害などの局所神経症候を来しにくい。
 大脳皮質の大型神経細胞が最も強く障害され、神経細胞とニューロピルの減少、ときに皮質下白質の二次性脱髄がみられる。

 疾患に特徴的所見は、Alzheimer 神経原線維変化、老人斑、顆粒空胞変性である。
①  Alzheimer 神経原線維 neurofibrillary tangles
 神経細胞体内の嗜銀性を有する絡まりあった繊維状構造である。電顕上、2本のフィラメントが捻れ合った形態(paired helical filaments)を示し、その細管の構成成分にτ蛋白が含まれる。
② 老人斑 senile plaque
 中心の芯 core とそれを取りまく線維性の構造物からなる。芯は脳アミロイドの構成成分であるβ蛋白を主成分とし、線維構造は変性した神経突起などからなる。脳実質内に無数に出現するのが特徴的。
③ 顆粒空胞変性 granulovacuolar degeneration
 海馬(Ammon 角)の錐体細胞にみられ、胞体内に1〜数個出現し、中心にヘマトキシリン好性の顆粒を有し、それを取り囲む空胞を伴う。
④ 加齢による非特異的変化として、リポフスチン沈着、神経細胞の軽度萎縮とグリオーシス、spheroid body、Marinesco 小体、平野小体、アミロイド小体の出現等がみられる。

【生化学】

 大脳皮質及び海馬におけるAch 系の有意な減少が見られる。すなわち、同部位におけるコリンアセチルトランスフェラーゼ活性の50〜90%の減少がみられ、この活性低下の程度と生前に検査された認知障害の程度とはほぼ相関している。さらに、大脳皮質系にAch 作動性線維を送る Meynert 基底核の神経細胞に著明な変性が見られる。
 大脳皮質ではAch 系のシナプス前成分が減少しているが、シナプス後成分(Ach 受容体)は正常である。ただし、現在はAch 系の変化は痴呆の増悪因子であっても原因とは考えられていない。また、大脳皮質のソマトスタチン、神経ペプチド CRF (corticotropin releasing factor) の減少も見られる。

【診断】

・DSM-Ⅳによる診断基準
・NINCDS-ADRDA work group による Probable Alzheimer’s Disease の診断基準

【治療】

1)アセチルコリン系賦活薬:タクリン(tetrahydroaminoacridine : THA)が米・仏で使用されているが、副作用として肝機能障害が高率にみられるため、本邦では認可されていない。
漢方の当帰芍薬散はニコチン受容体の賦活効果が認められている。
2)神経ペプチド系作用薬:現在有効なものはない。
3)神経成長因子:現在治験中である。
4)抗炎症鎮痛薬:リウマチ様関節炎患者やハンセン氏病患者にATDが有意に少ないことから、痴呆の進行抑制に効果があると考えられている。
5)喫煙:喫煙者に痴呆が有意に少ないことから、ニコチンが痴呆の抑制に効果がある可能性がある(田平先生講演より)。

・家族性アルツハイマー病 Familial Alzheimer Disease, FAD

 常染色体優性遺伝によって発症するもの。
 しばしば20代、30代に発症し、性差はない。
 明らかな巣症状を伴うことが多い。

・老年期認知症 Senile dementia of Alzheimer type, SDAT

 65歳以上の老年期に発症し、アルツハイマー病と同一の病理学的所見を呈する認知症例。80歳代にピークがある。
 中核症状は記憶障害で、空間失見当識が加わる。
 巣症状としての語間代や構成行為(特に道具使用)の障害は少ない。
 性格変化が目立ち、病前性格が強調される。
 検査、病理、病因等は本質的にアルツハイマー病にほぼ等しく、両者を併せてアルツハイマー型認知症 Alzheimer type dementia (ATD) と呼ぶ。

 


【註記】


【参考】
・平井俊策:Medical Practice vol.12 no.3 1995
・平井俊策:Annual Review 神経 1996


【改訂】2017-02-01