過敏性腸症候群 irritable bowel syndrome
【定義】
腹痛が便通異常に関連して続く病的状態。
有病率14.2%
【診断基準】(RomeⅣ)
・反復する腹痛が
・最近3ヶ月の中の1週間につき少なくとも1日以上を占め、
・下記の2項目以上の特徴を示す
1)排便に関連する
2)排便頻度の変化に関連する
3)便形状(外観)の変化に関連する
*少なくとも診断の6ヶ月以上前に症状が出現し、最近3ヶ月間は基準を満たす必要がある。
【病態生理】
腸脳相関のメカニズムが考えられている。
ストレス応答の異常、下部消化管運動亢進、内蔵知覚過敏、不安・うつ・身体化の心理的異常に加えて粘膜微小炎症、粘膜透過性亢進、腸内細菌の異常、リスク遺伝子などが病態生理として挙げられる。
社会心理的ストレッサーは発症・増悪要因であり、患者はストレス負荷と消化器症状悪化の相関係数が健常者よりも高い。そのメディエーターはセロトニンなどの神経伝達物質、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)である。
IBS患者では大腸刺激により、前帯状回、扁桃体、中脳の活性化ならびに内側・外側前頭前野の活性低下が見られる。また、背外側前頭前野の萎縮もみられている。
食事内容としては、炭水化物もしくは脂質が多い食事、香辛料、アルコール、コーヒーなどが増悪因子となる。
IBSの下部消化管粘膜には微小炎症があり、肥満細胞が増加して消化管神経系のニューロンに近接しており、粘膜透過性も亢進している。
IL-6、TLR-9、CDH-1遺伝子多型は感染性腸炎が加わった場合の感受性遺伝子である。腸内細菌はストレス負荷によって多様性が変化する。ストレスは粘膜透過性を亢進させ、内蔵知覚過敏を招く。
【器質的疾患を示唆する症状】
以下の症状が見られる場合は大腸内視鏡検査ないし大腸造影検査を行う。
<警告症状・兆候>
・粘血便
・関節痛
・異常な身体所見:
・腹部腫瘤の触知
・腹部の波動
・直腸指診による腫瘤の触知、血液付着
<危険因子>
・50歳以上の発症または患者
・大腸器質的疾患の既往症または家族歴
【治療】
1)食事療法
低残渣食から高繊維食に切り替え、香辛料、アルコール、特定食品に対する症状増悪が顕著な場合は、これらを控える。
低FODMAPダイエットは発酵性オリゴ糖 fermentable oligosaccharides、二糖類 disaccharides、単糖類 monosaccharides、ポリオール polyolsなどの糖類を控える食事。
2)薬物療法
・トリメブチン(セレキノン)、ポリカルボフィル(コロネル)
・プロバイオティクス:ビフィドバクテリウムはIBS患者の抗炎症性サイトカインプロファイル(IL-10/12比)の低下を正常化する。
・下痢型には5−HT3 受容体拮抗薬のラモセトロン(ナゼア)が適応。
・便秘型には上皮機能変容薬・グアニル酸シクラーゼCアゴニストのリナクロチド(リンゼス)が用いられる。リナクロチドは粘膜上皮細胞内のcyclic GMP量を増加させる。上皮機能変容薬CIC-2不活躍のルビプロストン(アミティーザ)、胆汁酸トランスポーター阻害薬のエロビキシバット(グーフィス)なども用いられる。
・併用薬:腹痛には抗コリン薬、便秘には酸化マグネシウムやピコスルファート(ラキソベロン)、下痢にはロペラミドを併用する。
慢性胃炎の合併にはセロトニン5-HT4受容体刺激剤のモサプリド(ガスモチン)やドーパミンD2拮抗薬兼コリンエステラーゼ阻害剤のイトプリド(ガナトン)、機能性ディスペプシアの合併にはアコチアミド(アコファイド)を用いることもできる。
・消化管薬で効果不十分な場合は抗うつ薬、アザピロン系抗不安薬(セディール)などを併用することもある。心理療法の有効性も確立されている。
【参考】
・「過敏性腸症候群」:福士審:日医雑誌 Vol.147 No.10 2019