糖尿病概説
【糖尿病の概念】
糖尿病とはインスリン作用不足による慢性の高血糖状態を主徴とする代謝疾患群である。
インスリン作用とは、インスリンが体の組織で代謝調節能を発揮することをいう。適切なインスリンの供給と組織のインスリン必要度のバランスがとれていれば、血糖を含む代謝全体が正常に保たれるが、インスリン分泌不足またはインスリン抵抗性増大はインスリン作用不足をきたし、血糖値が上昇する。
中等度以上の高血糖の持続は口渇、多飲、多尿、体重減少、易疲労感などの特徴的症状を呈するが、それ以外は自覚症状に乏しい。
急激かつ高度のインスリン作用不足は血糖値の著しい上昇、ケトアシドーシス、高度脱水などを起こし、さらには高血糖性の昏睡をきたす場合がある。
慢性的に続く高血糖や代謝異常は、網膜・腎の細小血管症および全身の動脈硬化症を起こし進展させる。さらに神経障害や白内障などの合併症も誘発する。
【糖尿病の分類】
糖尿病はその成因から以下の4つに分類される。
① 1型糖尿病
② 2型糖尿病
③ その他の特定の機序、疾患によるもの
④ 妊娠糖尿病
1)1型糖尿病はインスリンを合成・分泌する膵ランゲルハンス島β細胞の破壊・消失が主な原因であり、インスリンの絶対的不足をきたす。成因別に自己免疫性と特発性とに分類され、発症様式から急性発症、緩徐進行、劇症の3つに分類される。
急性発症では何らかの膵島関連自己免疫が陽性であることが多く、大半が自己免疫性に含まれる。緩徐進行は、定義上膵島自己抗体陽性が前提のため全て自己免疫性に含まれる。劇症は、通常特発性に分類される。
2)急性発症1型糖尿病では、一般的に高血糖症状出現3ヶ月以内にケトーシスやケトアシドーシスに陥り、直ちにインスリン療法を必要とする。緩徐進行1型糖尿病では、直ちにはインスリン療法を必要としない。劇症1型糖尿病では、高血糖症状出現後1週間是後以内でケトーシスやケトアシドーシスに陥るため、直ちにインスリン療法を必要とする。
3)2型糖尿病は、インスリン分泌低下やインスリン抵抗性をきたす素因を含む複数の遺伝因子に、過食(とくに高脂肪食)、運動不足、肥満、ストレスなどの環境因子および加齢が加わり発症する。
【糖尿病に関する指標】
1)HbA1c(グリコヘモグロビン):基準値4.6〜6.2%。
ヘモグロビンA0の安定型糖化産物であり、採血時から過去1〜2ヶ月の平均血糖値を反映する。
2)グリコアルブミン(GA):基準値11〜16%
採血時より過去約2週間の平均血糖値を反映する。
3)1,5-AG(1,5-アンヒドログルシトール):基準値14.0μg/ml以上
糖代謝状況の急激な変化を反映し、尿糖の排泄量と相関して低下する。
4)インスリン分泌能の指標
インスリン分泌には、空腹時の基礎分泌と、食物摂取による追加分泌とがある。1型糖尿病では両者が低下・消失し、2型糖尿病では主に追加分泌が遅延・低下する。
糖尿病患者では糖分摂取後に健常者よりも血糖値が上昇し、負荷前の血糖値への復帰が遅れる(耐糖能低下)。
・インスリン分泌指数 insulinogenic indexはインスリン追加分泌のうち初期分泌能の指標となる。
インスリン分泌指数=⊿血中インスリン値(30分値-0分値)(μU/ml) / ⊿血糖値(30分値-0分値)(mg/dl)で表し、糖尿病患者では値が0.4以下となる。
・空腹時血中Cペプチド値と24時間尿中Cペプチド排泄量はインスリン分泌能の指標であり、前者が0.6ng/ml、後者が20μg/日以下であればインスリン依存状態である。
5)インスリン抵抗性の指標
インスリン抵抗性とは、血中のインスリン濃度に見合ったインスリン作用が得られない状態をいう。
・早朝空腹時の血中インスリン値が15μU/ml以上ならインスリン抵抗性が存在する。
・HOMA-IRはインスリン抵抗性の指標となる。
HOMA-IR=空腹時インスリン値(μU/ml)x空腹時血糖値(mg/dl)/405で表し、この値が1.6以下は正常、2.5以上はインスリン抵抗性が存在する。
6)脂質代謝の指標
インスリン作用不足は脂肪組織からの遊離脂肪酸(FFA)の放出を増加させ、血中ではFFA濃度が高値となる。また肝でのケトン体産生を増加させ、ケトン体の血中濃度を上昇させる。
中性脂肪は、肝での産生亢進および末梢組織での利用低下により血中で上昇する。
【糖尿病の診断】
① 早朝空腹時血糖値126mg/dl以上
② 75gOGTTで2時間値200mg/dl以上
③ 随時血糖値200mg/dl以上
④ HbA1cが6.5%以上
①〜④のいずれかが確認された場合を「糖尿病型」と判定する。
⑤ 早朝空腹時血糖値110mg/dl未満
⑥ 75gOGTTで2時間値140mg/dl未満
⑤および⑥が確認された場合を「正常型」と判定する。
・「糖尿病型」「正常型」のいずれにも属さない場合を「境界型」と判定する。
・別の日に行った検査で糖尿病型が再確認できれば糖尿病と診断する。
ただし、少なくとも一方は必ず血糖値の基準を満たしていることが必要で、HbA1cのみの反復検査による診断は不可。
・血糖値とHbA1cを同時に測定し、ともに糖尿病型である場合は、初回検査のみでも糖尿病と診断できる。
・血糖値が糖尿病型を示し、かつ次のいずれかが認められる場合は、初回検査のみでも糖尿病と診断できる。
① 口渇、多飲、多尿、体重減少などの糖尿病の典型的症状
② 確実な糖尿病網膜症
【治療目標とコントロール指標】
1)コントロールの指標
・細小血管症の発症予防や進展の抑制には、HbA1c7.0%未満をめざす。
・長期に渡って血糖コントロールが不良であった場合、急激な血糖値の低下により、網膜症や神経障害などの合併症が悪化する場合がある。
・肝・腎障害例、高齢患者、重症の虚血性心疾患合併で薬物療法を受けている例では、低血糖の出現に注意する。
2)血糖コントロールの指標
・血糖コントロールの指標ではHbA1c値を重視する。
・血糖値はHbA1c値を補完する重要な代謝指標である。空腹時血糖値は、代謝状態を示す指標としては比較的安定している。食後2時間血糖値は、心血管疾患のリスクと関連する。
・HbA1c値においては
① 6.0未満:血糖正常化を目指す際の目標
② 7.0未満:合併症予防のための目標
③ 8.0未満:治療強化が困難な祭の目標
3)体重の目標
標準体重(kg)=身長(m)^2x22
BMI(body mass index)=体重(kg)/身長(m)^2
BMI25以上の肥満者は、当面現体重の5%減をめざす。
4)血圧の目標
収縮期圧130mmHg 未満、拡張期圧80mmHg未満
5)血清脂質の目標
LDLコレステロール:120mg/dl未満(冠動脈疾患ありは100mg/dl未満)
HDLコレステロール:40mg/dl以上
中性脂肪:150mg/dl未満(早朝空腹時)
non-HDLコレステロール:150mg/dl未満(冠動脈疾患ありは130mg/dl未満)
【治療方針】
1)インスリン非依存状態
・まず食事療法、運動療法から開始する。
・2、3ヶ月続けても目標の血糖コントロールを達成できない場合は薬物療法を開始する。
一般的なHbA1c値の目標は7.0%未満。ただし、食事療法や運動療法のみで達成可能な場合、または薬物療法中でも低血糖などの副作用なく達成可能な場合は6.0%未満をめざす。
・薬物療法は少量から開始し、徐々に増量する。
血糖コントロールの改善により、糖毒性(高血糖状態により、インスリンの分泌不全と作用障害がさらに増悪する悪循環)が解除されると、薬物の減量・中止が可能になることもある。
・内服薬を3ヶ月間継続投与しても治療目標に達しない場合、他の治療法を考慮する。
2)インスリン依存状態
・1型糖尿病が疑われる場合は、直ちにインスリン治療を開始する。
長期に渡り良好な血糖コントロールを続けるには、強化インスリン療法が必要となる。
・2型糖尿病でもインスリン依存状態になる場合は以下のものがある。
① 病歴が長く、インスリン分泌が重度に低下した場合。
② 重篤な感染症や外傷などによる一時的なインスリン依存状態。
③ 若年の肥満男性に多い清涼飲料水ケトーシス。
これらはインスリン療法により糖毒性を解除することでインスリン非依存状態に戻る場合が多いが、必要に応じインスリン療法を継続する。
【経口薬療法】
経口薬はインスリン抵抗性改善系、インスリン分泌促進系、糖吸収・排泄調節系の3種類に分類される。
1)インスリン抵抗性改善系
① ビグアナイド薬(BG)
② チアゾリジン薬
2)インスリン分泌促進系
① スルホニル尿素薬(SU)
② 速効型インスリン分泌促進薬
③ DPP-4阻害薬
3)糖吸収・排泄調節系
① α-グルコシダーゼ阻害薬
② SGLT2阻害薬
4)配合薬
【注射療法薬】
1)インスリン療法
基本は健常者にみられる血中インスリンの変動パターンをインスリン注射によって模倣することにある。
1型糖尿病では強化インスリン療法による治療を基本にする。1型糖尿病(インスリン依存状態)の患者では、いかなる場合にもインスリン注射を中断してはならない。
2)インスリン療法の絶対的適応
① インスリン依存状態
② 高血糖性の昏睡
③ 重症の肝障害、腎障害の合併
④ 重症感染症、外傷、中等度以上の外科手術
⑤ 糖尿病合併妊婦
⑥ 静脈栄養時の血糖コントロール
3)インスリン療法の相対的適応
① インスリン非依存状態でも、著明な高血糖を認める場合
② 経口薬療法のみでは良好な血糖コントロールが得られない場合
③ やせ型で栄養状態が低下している場合
④ ステロイド治療時に高血糖を認める場合
⑤ 糖毒性を積極的に解除する場合
4)インスリン製剤の種類
① 超速効型インスリン製剤
② 速効型インスリン製剤
③ 中間型インスリン製剤
④ 混合型インスリン製剤
⑤ 配合溶解インスリン製剤
⑥ 時効型溶解インスリン製剤
【低血糖およびシックデイ】
1)低血糖
・交感神経刺激症状:血糖値が正常範囲を越えて急速に低下した場合。
発汗、不安、動悸、頻脈、手指振戦、顔面蒼白など。
・中枢神経症状:血糖値が50mg/dl以下に低下した場合。
頭痛、眼のかすみ、空腹感、眠気(生あくび)など。
それ以下では意識障害、異常行動、けいれんなどが出現し、昏睡に至る。
・低血糖を感じたら、躊躇せずにブドウ糖(あるいはその代替物)を摂取する。
2)シックデイ
シックデイとは、糖尿病患者が治療中に発熱、下痢、嘔吐をきたし、または食欲不振のために食事ができない状態をいい、著しい高血糖が起こったりケトアシドーシスに陥る危険性がある。
・インスリン治療中の患者は、食事がとれなくても自己判断でインスリン注射を中断してはならない。
・以下の場合は入院加療が必要となる。
① 嘔吐、下痢が止まらず食物摂取不能のとき
② 高熱が続き、尿ケトン体陽性または血中ケトン体高値(3mM以上)、血糖値が350mg/dl以上のとき。
【糖尿病合併症】
1)急性合併症
① 糖尿病ケトアシドーシス
極度のインスリン欠乏と、コルチゾールやアドレナリンなどインスリン拮抗ホルモンの増加により、高血糖(300mg/dl以上)、高ケトン血症(β-ヒドロキシ酪酸の増加)、アシドーシス(pH7.3未満)をきたした状態。
初期治療は十分な輸液と電解質の補正およびインスリンの適切な投与。
② 高血糖高浸透圧症候群(非ケトン性交浸透圧性昏睡)
著しい高血糖(600mg/dl以上)と高度の脱水に基づく高浸透圧血症により、循環不全をきたした状態。著しいアシドーシスがは認めない(pH7.3〜7.4)。
高齢の2型糖尿病患者が、感染症、脳血管障害、手術、高カロリー輸液、利尿薬やグルココルチコイド投与により発症しやすく、発症まで数日の期間がある。
治療の基本は脱水の補正と電解質補正およびインスリンの適切な投与。
③ 感染症
糖尿病患者は感染症にかかりやすく、尿路感染症や皮膚感染症が多い。肺結核もまれではない。
2)慢性合併症
糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症、糖尿病性神経障害を3大合併症とする。
① 糖尿病性網膜症
網膜の血管壁細胞の変性、基底膜の肥厚による血流障害、血液成分の漏出が原因で、出血・白斑・網膜浮腫などの初期病変が発症する。進行すると黄斑症を起こしたり、網膜および硝子体内に新生血管が生じ、硝子体出血や網膜剥離を起こして視力障害に陥る。血管新生緑内障は高率に失明につながる。白内障も起こりやすい。
② 糖尿病性腎症
腎糸球体血管の血管周囲結合組織であるメサンギウムが増殖し、糸球体構造の破壊と機能障害が起こり、 腎機能が低下すると、慢性腎臓病(CKD)から腎不全に至る。
臨床的には糸球体濾過量(GFR)の低下、尿中アルブミン排泄量または尿蛋白排泄量の増加を指標とする。
③ 糖尿病性神経障害
糖尿病の合併症としての神経障害には、多発神経障害(広汎性左右対称性神経障害)と単神経障害がある。
多発神経障害は、主として両足の感覚・運動神経障害と自律神経障害の症状を呈し、両足の感覚障害(しびれ、疼痛、知覚低下、異常知覚)などが自覚症状として現れる。下肢の知覚障害は足潰瘍や足壊疽の原因になりうる。
自律神経障害では無自覚性低血糖、起立性低血圧、無痛性心筋虚血、重度の不整脈などみられることがある。
単神経障害では外眼筋麻痺および顔面神経麻痺が多く、罹病年数あるいは血糖コントロールとは相関せず、突然に発症し、多くは3ヶ月以内に自然寛解する。
④ 動脈硬化性疾患
糖尿病は動脈硬化性疾患の重要なリスクファクターであり、冠動脈疾患や脳血管障害、末梢動脈疾患を合併する頻度が高い。
⑤ その他の合併症
・足病変:白癬症、足趾の変形やタコ、足潰瘍および足壊疽などが起こりやすい。
・手病変:腱鞘炎、手根管症候群、Dupuytren拘縮などが合併しやすい。
・骨病変:骨質の低下による骨折のリクスが高くなる。
・歯周病:歯周病が重症化しやすい。
・認知症:アルツハイマー型認知症および脳血管性認知症のいずれも起こりやすい。