低ナトリウム血症

低ナトリウム血症


【概念】
 低Na血症とは「細胞外液中の(自由)水が、細胞外液中のNa+に対して過剰な状態」をいう。Na+ではなく、水の多寡が病態に寄与する。

1)自由水の排泄障害(尿の希釈障害)
 抗利尿ホルモンのアルギニンバソプレシン(arginine vasopressin : AVP)が下垂体後葉から分泌されることによる尿希釈能の低下。
2)水分の摂取過剰
 尿の希釈障害がない場合、水分排泄<水分摂取。

【低Na血症の定義】
1)生化学的検査の値による定義
・軽度 :130以上135未満 (mmol/l)
・中等度:125以上130未満(mmol/l)
・重度 :125未満(mmol/l)
2)発症からの時間経過による定義
・急性:経過が48時間未満
・慢性:経過が48時間以上、または不明

【重症度別症状】

重症度 症状
中等度
moderately severe
 嘔吐を伴わない嘔気
 錯乱
 頭痛
重度
severe
 嘔吐
 心肺窮迫
 異常かつ深い傾眠
 痙攣
 昏睡

重度の場合は可及的速やかに低Na血症を是正しなければならない。

【血漿浸透圧による分類】
・高張性:> 295 mOsm/kg H2O
・低張性:< 280 mOsm/kg H2O
・等張性:上記の中間

1)等張性低Na血症  isotonic hyponatremia
 低Na血症にもかかわらず血漿浸透圧が正常のもの。
 血漿中に張度を上昇させる有効浸透圧物質(グルコース、マンニトール、ソルビトール、グリシン、グリセロール等)が存在し、細胞内から細胞外へ水が移動する(translocarional hyponatremia)。
 偽性低Na血症は、血清[Na+]が測定上低値に見えるが、実際は正常な場合。
 測定時に血清容積の一部を占めるタンパク質や中性脂肪等の固形成分の増加により、血漿中の水分量が減少した場合に生じる。
 多発性骨髄腫による高トリグリセリド血症やパラプロテイン血症が原因となる。細胞内液から細胞外液への水の移動は起こらず、直接的な治療は不要。

2)高張性低Na血症 hypertonic hyponatremia
 血管中の有効浸透圧物質(グルコース、マンニトール、ソルビトール、グリセロール、X線造影剤等)は細胞内液から細胞外液に水を移動させ、希釈性低Na血症をおこす(translocational)。
 高血糖は、血糖値が通常の 100 mg/dl からさらに 100 mg/dl上昇するごとに血清[Na+]を 1.6 mmol/l ずつ低下させる。

3)低張性低Na血症 hypotonic hyponatremia
 尿浸透圧の測定により2つに分類する。
① 尿浸透圧< 100 mOsm/kg H2O
 APV分泌が抑制。自由水の排泄障害(尿の希釈障害)なし。
 原因は多飲症、溶質摂取不足(Tea and Toast や Beer potomania)による体内水分量の相対的・絶対的過剰。
② 尿浸透圧> 100 mOsm/kg H2O
 APV分泌あり。自由水の排泄障害(尿の希釈障害)あり。
a) 尿[Na+] < 30 mmlo/lの場合:有効循環血液量減少
 ・下痢や嘔吐などで細胞外液量が減少している場合
 ・心不全や肝硬変などで細胞外液量が増加している場合
 いずれも腎血流量低下(腎灌流圧低下)により、レニン・アンジオテンシン系が亢進した結果、尿[Na+]量が低下する。
b) 尿[Na+] > 30 mmlo/lの場合:細胞外液量の減少の有無を評価する。
c) 低張性低Na血症であっても高窒素血症を合併していれば血漿浸透圧は低値でなく、正常または高値(> 280 mOsm/kg H2O)となることがある。
 尿素窒素が血漿浸透圧を形成するものの、有効浸透圧物質ではないために血漿浸透圧と有効血漿浸透圧(張度)が乖離するため。

【よくある病態】
1)薬剤性
 利尿薬、抗うつ剤、向精神薬、抗てんかん薬、抗腫瘍薬などが多い。
 降圧剤(ACE)やPPI、NSAIDsも原因となりうる。
① 利尿薬
 高齢患者で非常に頻度が高い(特にサイアザイド系利尿薬)。
 サイアザイドに関連した低Na血症は thyazide-associated hyponatremia (TAH)、下の基準を満たすものを thyazide-induced hyponatremia (TIH) という。

【TIHの診断基準】
・臨床所見から細胞外液正常
・サイアザイド系利尿薬の中止後に血清[Na+] が改善
・サイアザイド系利尿薬の中止前に改善しない(未治療で)
・サイアザイド系利尿薬を再開しない限り再発しない

 TAHの主な発生機序は、自由水の排泄障害、水分の過剰摂取、溶質減少の3つがある。自由水の排泄障害は集合管での水透過性亢進による(ループ利尿剤は間質の浸透圧勾配の形成を阻害するために自由水の排泄障害をきたしにくい)。
 主な臨床症状は転倒、倦怠感、脱力感、錯乱、吐気、嘔吐などで、めまい発作や意識消失もある。

② その他の薬剤
 利尿剤以外の薬剤は主に水のホメオスタシスに影響する。
 視床下部でのAVP産生亢進、下垂体後葉からのAVP分泌亢進、腎集合管でのAVP作用増強、reset osmostat(通常のAVP分泌閾値よりも低い血漿浸透圧でAVPが分泌されている状態) のいずれかによる。
 一般にはPPIと経口腸管洗浄剤によるものが多い。

2)SIADH
 AVPは浸透圧性刺激(血漿浸透圧の上昇)と非浸透圧性刺激(細胞外液の減少、薬剤性、疼痛、嘔吐など)のいずれによっても分泌される。
 通常、AVPは血漿浸透圧が 285 mOsm/kg H2O以上で分泌され、280 mOsm/kg H2O未満で0となる。非浸透圧性刺激は血漿浸透圧と独立にAVPを分泌させる。
 SIADHは、浸透圧性刺激がないにもかかわらずAVPが不適切に分泌されている状態をいう。原因として中枢神経疾患、肺疾患、悪性腫瘍、薬剤などが多いが、高齢者では半数以上が特発性である。

【SIADHの診断基準】
Ⅰ.主症状
 脱水の所見を認めない。
Ⅱ.検査所見
① 血清[Na+]は 135 mmol/lを下回る。
② 血漿浸透圧は 280 mOsm/kg H2Oを下回る。
③低Na血症、低浸透圧血症にもかかわらず、血症AVP濃度が抑制されていない。
④ 尿浸透圧は 100 mOsm/kg H2Oを上回る。
⑤ 尿[Na+]は 20 mmol/l以上である。
⑥ 腎機能正常。
⑦ 副腎皮質機能正常。
<診断基準>
・確実例:ⅠおよびⅡのすべてを満たすもの。

<鑑別診断>
・血清尿酸値<4 mg/dl はSIADHを支持する。
 血清尿酸値>4 mg/dl は細胞外液量の減少を示唆する。
・尿酸排泄率 (fractional excretion of uric acid : FEUA)
 FEUA> 10~12%はSIADHを支持する。
 FEUA< 8%ではSIADHを除外できる。

3)医原性・高齢者
 医原性では不適切な輸液製剤の投与、非浸透圧性刺激が多い。
 高齢者は糸球体濾過量 (glomerular filtration rate : GFR)の低下により自由水の排泄低下があり、薬剤暴露や疾病罹患も多いため低Na血症が起こりやすい。
 原因としては薬剤、SIADH、内分泌障害などが多い。
 季節は夏季に多く、腎機能障害の頻度の増加、塩分摂取量減少、水分摂取量増加などによる。
 薬剤性は利尿剤、抗うつ剤、向精神薬、抗てんかん薬が多い。
 高血圧症や心不全患者は塩分摂取制限があり、慢性腎疾患患者ではタンパク質摂取制限、カリウム制限などが溶質摂取減少につながり、Tea and Toast症候群と同一の病態になりうる。