ウイルス性肝炎

ウイルス性肝炎 Viral Hepatitis


【概念】
 ウイルス性肝炎の病原体はA・B・C・D・E型の5種が同定されている。
 A・E型は経口感染、B・C・D型は血液・体液を介して感染する。
 いずれも肝胆道系酵素の上昇・黄疸を主徴とする。
 一般にA・E型は慢性化せず、B・C・D型は慢性化の危険があるが、免疫抑制状態ではE型の慢性化もみられる。D型はB型との重複感染のみを認める。
 いずれも一般に予後は良好であるが、1〜2%が劇症化する。

【臨床症状】
・前駆症状:発熱、頭痛といった感冒様症状
・臨床症状:黄疸、褐色尿、食欲不振、全身倦怠、悪心嘔吐など
・血液検査:幹細胞逸脱酵素の上昇

*鑑別に有用な血液検査項目

肝炎ウイルス  
A型  HA抗体、HA抗体IgM
B型  HBs高原、HBs抗体
 HBc抗体、HBc抗体IgM
 HBV-DNA
(HBe抗原、HBe抗体)
C型  HCV抗体、HCV-RNA
D型  HDV-RNA
E型  HE抗体IgA、HEV-RNA

1. A型肝炎

【疫学】
 A型肝炎ウイルス he;atitis A virus (HAV) の経口感染により伝播する。
 治癒後は中和抗体であるIgG型HA抗体により終生免疫を獲得し、再感染は起こらない。
 HAVは糞便中に排泄され、糞口感染で伝播する。高侵淫地域は東南アジアや中近東。日本ではHA抗体保有率は50歳以下で著しく低下し、0%に近い。
 輸入感染症、性感染症の性格を有し、通年的に発生する。
 感染症法の4類感染症。全数報告の対象で、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない。

【臨床経過】
 潜伏期間:2〜6週間。
 症状:発熱、倦怠感に続いて血清トランスアミナーゼが上昇。
  食思不振、嘔吐などの消化器症状を伴う。
  症状消失後も1〜2ヶ月間、糞便中にウイルスの排泄が続く。
 経過:1〜2ヶ月で回復する。基本的に慢性化しない。
 劇症化は約1%。50歳以上の高齢者では腎不全や心不全などの重篤な合併症を併発する例がある。

【血清学的診断】
 IgM型HA抗体測定が有用。
 発症直後から出現し、3〜4週後にピークとなり、以後次第に低下する。
 血清HA抗体はIgM-HA抗体とIgG-HA抗体の両者が測定されるので、既往感染と急性肝炎の鑑別には不適。

2. B型肝炎

【疫学】
 B型肝炎ウイルス hepatitis B virus (HBV) は血液や体液を介して伝播する。
 急性B型肝炎は主として成人期の水平感染により成立するが、その経路として性行為が最も多い(性感染症)。
 一過性感染の場合、70〜80%は不顕性感染、残りの20〜30%で急性肝炎を発症する。このうち1〜2%が劇症肝炎化し、その場合の致死率は約70%。
 HBVにはA型からJ型まで9種類のゲノタイプがあり、遺伝子型Aが約半数を占める。

【臨床経過】
 潜伏期間:1〜6ヶ月。

【血清学的診断】
 確定診断にはHBs抗原とIgM-HBc抗体が有用。
 まずIgM−HBc抗体が出現し、発症約2ヶ月後まで陽性となる。慢性B型肝炎の急性増悪でもIgM−HBc抗体が出現することがあるが、通常低力価である。高力価の判定は、CLIA法でS/CO 10以上。

3. C型肝炎

【疫学】
 C型肝炎ウイルス hepatitis C virus (HCV) は血液や体液を介して伝播するが、感染力はHBVと比較して強くない。
 急性肝炎を発症すると、約30〜40%は一過性感染となりウイルスは消失するが、残りの60〜70%はHCVキャリアとなり、高率に慢性肝炎に移行する。
 HCVは1〜6型までのゲノタイプに大別され、わが国では1bと2a・2bが多い。ゲノタイプにより抗ウイルス療法の治療効果も異なる。

【臨床経過】
 潜伏期間:1〜3ヶ月。
 急性肝炎として発症するが、症状は軽度のことが多く、倦怠感、食思不振、吐気、黄疸などがみられる。

【血清学的診断】
 HCV抗体が有用。ただし、陽性化には感染後1〜3ヶ月を要し、急性肝炎においてHCV抗体が検出されるのは50%以下であるため、急性期の診断にはHCV-RNAの測定が必要となる。

【治療】
 直接HCVの増殖を抑制する direct acting antivirals (DAAs) により90%以上の症例でウイルス消失が得られる。

4. D型肝炎 

D型肝炎ウイルス hepatitis D virus (HDV) は血液・体液を介して感染する。
 HDVはδ抗原タンパクとともにHBVのエンベロープに覆われており、増殖にHBVの補助を必要とする。
 HBVと同時感染または慢性B型肝炎に重複感染する。重複感染例はHBV単独感染例より肝硬変への進展が早まる。
 診断にはHDV-RNA測定が用いられる。

5. E型肝炎

【疫学】
 E型肝炎ウイルス hepatitis E virus (HEV) は経口感染で伝播する。
 わが国では汚染されたイノシシ、シカ、ブタなどの食肉を十分に加熱せずに食することで感染する例が多い。
 発症前から便中にウイルスが排泄される。
 HEVは1〜4のゲノタイプに分類され、遺伝子型1、2は途上国からの報告が多く、遺伝子型3、4は先進国からの報告が多い。
 感染症法では4類感染症で、全数報告の対象であり、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない。

【臨床経過】
 潜伏期間は15〜50日(平均6週間)。急性肝炎症状で発症する。
 褐色尿を伴った強い黄疸が急激に出現し、12〜15日持続し、通常発症から1ヶ月程度で完治する。
 重症化の頻度は他の急性肝炎に比して高く、死亡率は1〜2%(特に妊婦では20〜30%)。
 基本的には慢性化しないが、免疫抑制状態やHIVとの共感染例では慢性化がみられることもある。

【血清学的診断】
 国内ではHE抗体-IgAの検査キットがある。
 黄疸出現時、ASTとALT値が著しく上昇し、HE-IgG抗体とHE-IgM抗体がともに検出される。
 確定診断にはHEV-PCRによる確認が必要。

6. 治療

1)急性肝炎の治療の基本は安静臥床。大部分は自然軽快し、慢性化もせず予後良好である。
 安静臥床による肝血流量増加(30〜50%)は肝障害治癒を促す。
 肝臓への負荷を減らすために低たんぱく低脂質食とし、糖質中心の栄養療法を行う。ブドウ糖の代謝・利用効率を高めるためにビタミン補充も行う。
肝予備能が低下し劇症化が危惧される場合や慢性化のリスクを考慮し、B型肝炎、C型肝炎では抗ウイルス療法を行う。

2)B型急性肝炎は自然治癒傾向が強く、9割以上が無治療でもHBs抗原陰性、引き続いてHBs抗体陽性となる。
 劇症化が懸念される場合は核酸アナログ製剤 nucleoside analogue (NA) による抗ウイルス療法が導入される。効果発現には週単位の時間を要する。
 ゲノタイプAを中心に慢性化移行を抑制するために早期のNA投与の有用性が示唆されている。
 副腎皮質ステロイド剤やグリチルリチン製剤の投与は肝炎の遷延化、慢性化につながる可能性があり、基本的に推奨されない。
 HIV重複感染例では核酸アナログ製剤を単独で導入するとHIVに薬剤耐性を引き起こす可能性が高いため、専門家へのコンサルタントが必要。

3)C型肝炎も自然治癒が期待されるため、早急な抗ウイルス療法は推奨されない。肝機能が低下し劇症化が危惧される例には、以前はインターフェロン投与などが行われていたが、現在では直接HCVの増殖を抑制できる direct acting antivirals (DAAs) が使用可能で、速やかな効果が期待できる。

4)いずれの急性肝炎においても肝酵素の持続正常化までのフォローが必要。
 B型およびC型は慢性化のおそれがあるため、それぞれHBs抗原陰性化とHBs抗体陽性化、HCV-RNAの消失が確認されるまでフォローが必要。


【参考】
・Medical Practice 2019 臨時増刊号 vol. 36 「実践的感染症診療」