レトリック概説

レトリック概説


Ⅰ 文彩figure, schema

【定義】
 文彩とは、人を感動させたり説得したりするために、通常とは明らかに異なった形式で表現すること、創意や工夫のあとが見られる表現法である。
 古典的な定義では、「通常の標準的な表現(形式)からの逸脱(偏差)」とされる。

<基本三文彩>

1.提喩 synecdoche

【定義】
 全体と部分との関係に基づいて構成された比喩。全体の名称を提示して一つの名称にかえ、また、一つの名を提示して全体を表すこと。(広辞苑、第5版)
 提喩は「プロトタイプ」という概念の適用で説明される。
 類概念で個物を表す場合、「類の提喩」または「特殊化の提喩」と呼ぶことができる。
 【例】「花」で「桜」を表す。
 種概念で類を表す場合、「種の提喩」または「一般化の提喩」と呼ぶことができる。
 【例】「パン」で「食物」を表す。

 提喩には一般化と特殊化の二つの主要な役目があり、前者は「くくること」であり、後者は「例を挙げること」である。これは要するに、カテゴリー・レベルの変更に帰着する。
 また、提喩には、経済性と余情性の二つの効果がある。

 換称antonomasiaは提喩の特殊なケースで、同類一般を表す名辞の代わりに固有名を用いること、あるいは逆に、固有名の代わりに同類一般を表す名辞を用いることである。
 一般名で固有名を表す例:キリスト → イエス
 固有名で一般名を表す例:ドン・ファン → 女たらし

2.換喩 metonymy

【定義】
 二つの事物のあいだの隣接性(有縁性)に基づく文彩で、ある事物を利用して、それと何らかの関係を結んでいる別の事物を指示すること。隣接性は空間的なものに限定されず、時間的なものも観念的なものも含まれる。

換喩の主なパターン
1)全体 — 部分
 【例】「下半身」で「生殖器」を表す。
2)入れ物 — 中身
 【例】「財布」で「お金」を表す。
3)産物 — 産地(主題 — 場所)
  場所が産物、出来事、そこにある公共機関、そこの住人などを表す用法。
 【例】「西陣」で「織物」を表す、「永田町」で「政界」を表す、「ヒロシマ」で「原爆投下」を表す。
4)原因 — 結果(前件 — 後件)
 【例】「暖簾をおろす」で「店を閉める」を表す、「あくびが出る」で「退屈する」を表す。
5)主体 — 属性(特徴)
 「記号でものを示す」用法。社会的身分や職業で人を表すのもこの用法である。
 【例】「白バイ」で「交通課警察官」を表す。
6)人 — 物
 「作者で作品を表す」用法。使われている物が使う人を表すのもこの用法である。
 【例】「シェイクスピア」で「その作品」を表す、「サングラス」で「やくざ」を表す。

 換喩の本質的機能は、特定の「部分」に焦点を合わせて残余の部分を指示(暗示)することで、「クローズアップ」の働きに例えられる。
 また、換喩の効果は経済性、表現性、婉曲性の三つである。

 換喩が語と語との小さな単位での変換であるのに対し、より大きな単位(例えば文と文)のレベルでの変換を問題にする場合、これを転喩metalepsisと呼ぶ。

3.隠喩 metaphorと直喩 simile

【定義】
 喩え、つまり分かりやすく印象的な例を示すことによって人を説得しようとすること。
 直喩は、「のよう」、「まるで」といった「喩え」であることを指示する語句を用いるのに対し、隠喩はその形式を表面にださずに「喩え」を用いる。

 喩えの主な役割は、次の二つである。
1)強調:聞き手に強い印象を与える。
2)例示:分かりにくいものを身近の例で具体的に説明する。

 直喩は「喩え」であることを指示する語句を介して、二つの項を比較・対照する。そして問題の両項はある程度かけ離れていて、常識的には結びつかないことが求められる。すなわち、直喩は異質なカテゴリーどうしのあいだに「類似性(正確には間接的類似性)」を認定する。
 一方、隠喩は「類似性」に基づく「見立て(XをYとして見る)」ことである。XとYは普通は結びつかない異質なものどうしであるが、直喩とは異なり、喩えを指示する指標の語句がない。つまり、直喩は喩えの有無の判断を聞き手にゆだねるのである。

類似性について
 直接的類似性は、同一カテゴリー的な類似性であり、実体的類似性である。
 間接的類似性は、異カテゴリー的な類似性であり、感性的(あるいはイメージ的)類似性である場合と、概念的(あるいは体系的=構造的)類似性である場合とがある。喩えに用いられるのは間接的類似性である。

 直喩はあくまでその二つのカテゴリーをパラレルな関係にとどめ、隠喩は重ね合わせる(同定する)。隠喩の場合は、喩えられるもの(主意)と喩えるもの(媒体)はしっかりかみ合っているので、媒体をはずすわけにはいかない。しかし直喩の場合はなくても差し支えない。つまり直喩の本質は追加的説明という点にあるので、「説明的強調法」と呼ぶことができる。それに対して、隠喩は主意と媒体の同定を提案し、同意を求める。隠喩は基本的には説明ではなく主張であり、説得である。そのために隠喩は説明を控えるので、「暗示的強調法」と呼ぶことができる。
 隠喩と直喩を分かつ決め手は含意のあるなしである。隠喩は媒体が、ワンセットの連想された含意を主意に投影するのであり、直喩には雰囲気と暗示性が欠けているのである。

 風諭allegoryはあることを語り、別のことを意味する文彩で、喩えられるもの(主意)が故意に伏された隠喩とみなすことができる。
 わざと本義を隠して、ただ喩えだけを掲げ、喩えを通じて本義を推察させるもの。(広辞苑、第5版)
 例:燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや(小人物に大人物の大志がわかるものか)


Ⅱ 様々な文彩

【文彩の分類】

1.提喩系列:類似性を原理とする
 提喩、換称、音喩、反復法、同語反復、迂言法、引喩、(婉曲語法)

2.換喩系列:結合性を原理とする
 換喩、転喩、列挙法、漸層法、婉曲語法

3.隠喩系列:対立性を原理とする
 隠喩、直喩、皮肉法、対照法、撞着語法、逆説法、誇張法、緩叙法、(婉曲語法)

4.その他:主に文体論的要請による
 省略法、黙説法、中断法、追加法、挿入法、連結辞多用、暗示的看過法、呼びかけ法、問答法、設疑法、
 予弁法、疑惑法、訂正法

<提喩系列>
1.1 音喩
 音の類似性を原理とする文彩。形式的には音響性に依拠するが、意味の比重が多くなるタイプも含まれる。
 継起性の時間軸で働くタイプ(同音・類音反復)と同時性の時間軸で働くタイプ(駄洒落、掛詞、地口)とに二分できる。
 継起性の時間軸で働くタイプは、言葉の詩的機能を体現する(頭韻、脚韻など)。
 同時性の時間軸で働くタイプは、語音の連想によってほかの語(表現)をたぐり寄せる。

 1.1.1 駄洒落
  同音異義語による言葉の遊び。
 1.1.2 掛詞
  主として韻文に用いられる同音異義語の活用。原理は駄洒落と同じ。
 1.1.3 地口
  成句を踏まえた言葉の遊び。

1.2 反復法 repetition
 強調のため、あるいは文体的効果をねらって、同一の語(表現)を少なくとも二度以上繰り返し使うこと。

 1.2.1 畳語法
  同じ語(表現)を続けて畳みかける最も基本的な反復法。
 1.2.2 首句反復
  文頭の語句を次の文章の文頭でも繰り返すこと。
 1.2.3 結句反復
  文末の語句を次の文章の文末でも繰り返すこと。
 1.2.4 前辞反復(尻取り文)
  前文の最後の語句を次の文の文頭で繰り返すこと。
 1.2.5 交差配語法 chiasmus
  関連し合う二つの語(群)を、逆の語順で反復すること。
  近似的なものの間で行われる場合(AB-A’B’)と、同一のものどうしの間で行われる場合(AB-BA)とがある。後者は特に、「倒置反復法 antimetabole」と呼ばれる。

1.3 同語反復 tautology(トートロジー)
 「AはA」のように主語と述部に同じ言葉を繰り返す文彩。
 主語のもつさまざまな属性の一つに特にスポットを当てる、一種の強調表現。
 問題になっている事柄の真の意味に相手の注意を喚起し、その意味を再確認させる効果を持つ。
 述部の言葉が肯定的な意味合いを帯びるか、否定的な意味合いを帯びるかは場面次第である。

1.4 迂言法 periphrasis
 簡潔な固有の言い方があるのに、わざわざ回りくどい言い方をすること。
 (限度を超えて)より長い語群に置き換える。その効果は、
 1)礼節(婉曲語法と重なる面がある)
 2)より詳しい説明(説明的な言い換え、つまり「敷衍」に通じる)
 3)文章の修飾、彩(主に詩的作品で問題になる)

1.5 引喩 allusion
 すでにある「よく知られている対象」を踏まえて、それにおんぶする文彩(暗示的言及)。
 自分の言いたいことを、有名な詩歌・文章・語句などの引用で代弁させること。

<換喩系列>
2.1 列挙法 enumeration
 語や観念を次々に動員する列叙法 accumulationの一種で、同類のものを集めていく文彩。
 話者の表現対象へのこだわり(関心)を表現する。

2.2 漸層法 incrementum, climax
 列叙法の一種で、異種のものを集めていく文彩。
 語や観念を段階的に強めたり、あるいは逆に段階的に弱めたりする。
 上昇的漸層法は、相手の受け入れやすいものから始めて段々条件をつり上げていく方法。
 下降的漸層法は、相手の受け入れにくいものから始めて段々条件をつり下げていく方法。

2.3 婉曲語法 euphemism
 差しさわりのある直接的な表現を、あたりさわりのない穏やかな表現に換える文彩。
 その対象を別のカテゴリーに「移す」か、関連するものに「ずらす」か、「ばかす」かする。

<隠喩系列>
3.1 皮肉法 irony
 本当に思っていることとは反対のこと、別のことが実際に発言される文彩。
 話者の強い感情(毀誉褒貶・好悪)が込められる用法で、次の三つがある。
 1)人が考えていることとは反対のことを言う。
 2)あることを言って別のことを意味させる。
 3)非難するために褒める、あるいは褒めるために非難する。

 3.1.1 反語法 antiphrasis
  断定を強めるために、言いたい意の肯定と否定とを反対にし、かつ疑問の形にした表現。
  コンテクスト全体に起因する効果は皮肉法と同じである。

3.2 対照法 antithesis
  語ないし観念を対比=対称関係におき、両項を際立たせ引き立てる文彩。

3.3 撞着語法 oxymoron
 常識的には結合不可能と見なされている語と語をあえて結びつける文彩。
 矛盾関係あるいは反対関係にある語を結びつけることが多い。

3.4 逆説法 paradox
 一見世の通念には反するように思われるけれども、指摘されてみると意外な真実をついている文彩。
 常識に挑戦し、かつ表現の上でも刺激的なもの。

3.5 誇張法 hyperbole
 物事を極端に拡大して大きく表現するか、あるいは反対に極端に縮小して小さく表現する文彩。
 大げさで、嘘とわかる嘘をあえてつく表現。

3.6 緩叙法 litotes
 伝達内容を強めようとして穏やかな表現を選ぶ文彩。より多く言うためにより少なく言う表現。
 1)程度の弱い修飾語でその実、強い程度を含意させる。
 2)ストレートに表現しないで、反対命題を否定する。
 3)限定の緩い表現を用いる。

<その他>
4.1 省略法 ellipsis
 章句を簡潔にして、言外の陰影・余韻・暗示を聞き手に読みとらせる文彩。

 4.1.1 連結辞省略 asyndeton
  文や節のあいだの接続語を省略する文彩。
 4.1.2 黙説法 aposioppesis
  話の途中でとつぜん言いやめる(言いさす)ことで、感情の高まりや内面の動揺、相手に対する強い働きかけを表現する。
 4.1.3 中断法 interruption, suspension
  話を中断し、言い残した部分をあとから言い添える方法。

4.2.1 追加法 hyperbaton
 話が終わったと思われたのにさらにまた言い足す文彩。
 実はあとから追加された部分に一番重要な情報が込められている。
4.2.2 挿入法 parenthesis
 統語論的に独立した語句や文を、話の流れをいったん中断して割り込ませる文彩。
 別の視点の導入であり、話に奥行きと膨らみをあたえる効果を持つ。
4.2.3 連結辞多用 polysyndeton
 文や節のあいだの接続語を多用する文彩。論理性を強調する効果を持つ。

4.3 暗示的看過法 preterition
 言わないと主張しておきながら実際にはしっかりと言う文彩。間接的な強調の効果を持つ。

4.4.1 呼びかけ法 apostrophe
 第三者や聞き手に直接話しかける文彩。聞き手を話の中に引き入れる効果を持つ。
4.4.2 問答法 subjection, dialogisus
 平叙文でも表現可能な内容を、表現力・説得力を高めるためにあえて問答形式・対話形式に仕立てる文彩。
4.4.3 設疑法 interrogation
 自分の主張を共有・連帯させるためにあえて断定せず、聞き手に疑問を投げかけて最終的結論をゆだねる文彩。
4.4.4 予弁法 occupation
 予想される反論を、機先を制して論駁しておく文彩。
 主張や議論に用意周到性と客観性を与え、説得力を高める効果を持つ。
4.4.5 疑惑法 dubitation, addubitation, aporia
 話者が当惑、優柔不断、慎重さなど、なんらかの理由で語の選択、行動の選択、事象の解釈で決断を下せずためらいを示す。
4.4.6 訂正法 correction
 すでに述べたことに立ち返って、その表現を和らげたり、強めたり、あるいは修正したり、取り下げたりする文彩。


Ⅲ 論証的説得

【基本分類】
1.類似性を原理とする議論
 1.1 「定義」による議論(定義議論)
 1.2 「公平原理」による議論(公平議論)
 1.3 「相互性」による議論(相互性議論)
 1.4 「全体と部分」による議論(全体ー部分議論)
 1.5 「より強い理由」による議論(なおさら議論)
 1.6 「例証」による議論(例証議論)

2.結合性を原理とする議論
 2.1 因果論議論
 2.2 目的論議論
 2.3 実用主義的議論
 2.4 方向性議論
 2.6 人物議論
 2.7 人物描写
 2.8 権威議論

3.対立性を原理とする議論
 3.1 対当議論
 3.2 非両立性議論
 3.3 排中律議論
 3.4 オートファジー議論
 3.5 逆ねじ議論
 3.6 両刀論法
 3.7 アナロジー(類推)
 3.8 喩え議論

1.類似性を原理とする議論
1.1 定義議論
 相手の考え方の甘さ、曖昧さ、間違いを、自分の「定義」を突きつけることによって暴き出す。
 定義を求めることは、議論において相手に反論をくわえる場合の有効な手段である。
 議論で問題になる定義は、多かれ少なかれ「方向性を与えられた定義」だ。「為にする」定義であり、「説得的定義」と呼ぶこともできるだろう。
 人を攻撃するときに使う「レッテル」貼りは、「凝縮された定義」(ロブリュ)と言えるだろう。

1.2 公平議論(同一理由による議論 argumentum a pari)
 同じカテゴリーに属するもの(似たもの)は同じように扱わなければならないという主張。
 公平議論は保守主義・伝統主義の論拠である。歴史を「似たもの」の連続と見るからであり、「似たもの」である過去を否定するのではなく、同じものとして扱おうとするのだ。

1.3 相互性議論
 相互的な関係にある二つの事物や状況は、同じように扱うべきであるとする主張。
 相互性議論の要諦は「対称性の発見」にかかっている。
 相互性議論に反論するには、前提になっている「対称性」を否定すればよい。

1.4 全体ー部分議論
 複雑な「全体」を「部分」に分割することによって、当面の問題をよりよく把握する議論。
 前提は「全体は部分の総和だ」という考え方である。
 これに反論するためには、その前提そのものを問題にすればよい。

1.5 なおさら議論(より強い理由による議論 argumentum a fortiori)
 1)小なるものから大なるものへ a minori ad majus
 2)大なるものから小なるものへ a majori ad minus
 この議論の根底には「比較」という観念がある。
 「比較」は同じカテゴリーどうしのもののあいだでしか成立しない。
 これに反論するには、正攻法で「より」の根拠を問題にするか、搦め手から攻めて「同じ」(似たもの)かどうかを疑問視するかである。

1.6 例証議論
 「現実世界を根拠づける」議論である(ペレルマン)。具体例は主張を補強し、説得力を増す。
 例証議論は反論するときにも使われる。相手の主張の矛盾を衝くために、分かりやすい「似たような」事例を挙げて問題点を暴き出し、「間接的に」論証する論法で、「背理法」の一種である。
 この議論は常に「不当一般化の誤り」の危険をはらんでいる。
 「不当一般化の誤り」の原因は、主に次の二つに求められる。
 1)少ないサンプル small sample
 2)偏ったサンプル atypical sample
 例証議論に対しては、「不当一般化」の反論が常に可能である。
 もう一つ注意すべきなのは、挙げられている例が本当に「似ているもの」なのかどうかである。
 「特殊(個別)から特殊(個別)へのすりかえ」議論は、「似たもの」という名のもとに、明らかに異質な概念の「すりかえ」をおこなうことであり、相手を窮地に追いつめるときに威力を発揮する。

2.結合性を原理とする議論
2.1 因果論議論
 物であれ人であれ、この議論では原則として二つもの(二項)のあいだに或る関係性が設定される。
 時間的・空間的に近くにある二つのもの(隣接性)は「有意味的な関係」を構成しうる。
 「ポスト・ホックの誤り」とは、二つの出来事が続いて起こるとき、その「継起性」のなかに「因果性」を読み込んでしまうこと。いわゆる「そのあとで、したがってそのゆえにpost hoc, ergo propter hoc」の誤謬推理である。
 因果論議論では「結果」が主役である。「原因」はなにか問題があったときに駆り出される。

2.2 目的論議論
 原因ー結果の関係は、人間的行為の実現という観点から捉え返せば手段ー目的の関係になる。
 目的論議論は、「目的は手段を正当化する」という議論である。
 目的論議論では常に目的が上位にあり、手段は後塵を拝する。目的とは「先取りされた結果」にほかならないからだ。

2.3 実用主義的議論(結果からの議論 argumentum ab effectis)
 この議論では、もっぱら物事を結果の良し悪しによって判断する(終わりよければすべてよし)。
 実用主義的議論に対する反論は、必ず原因=動機(心理的原因)を引き合いに出す。

2.4 浪費議論
 浪費議論は目的の達成を至上命令とする。
 つまり、これまでに費やされた努力や犠牲を無駄にしないために、所期の目的に向かってさらに邁進することを説く。

2.5 方向性議論
 既知のデータの拡大適用によって将来の展開を予想し、その第一歩を断固として阻止すること。
 「滑りやすい坂道」議論。

2.6 人物議論 argumentum ad hominem / ad personam
 問題の人物の「人格」や「地位」や「言動」などに基づく議論。
 この議論は人(本質=主体)と行為(存在=属性)の通底性に基づいている。
 相手を攻撃する場合、「ひたすら、全く傍系の、当面の問題とは何の関係もない事柄について証人の人格を攻撃する」方法
(F・L・ウェルマン)。

2.7 人物描写 portrait
 人物描写は、肉体的特徴(外観)によって精神のあり方を解釈する一種の「性格学」である。

2.8 権威議論 argumentum ad verecundiam
 斯界の権威を引き合いに出すことによって説得力を増す方法。
 権威の議論が意味ありうるのは明確な証明がない時に限られる(ペレルマン)。

3.対立性を原理とする議論
3.1 対当議論 argumentum a contrario
 「対当」とは「いずれか一方の命題が真であれば他方は必ず偽の関係にあること」である。
 差異は、似ていない、あるいは違う(unlike or dissimilar)もの、つまり種類において異なるものを意味する。いっぽう対当は、同じ種類に属する、正反対の、ないしは相容れない(opposite or incompatible)ものを意味する(コーベット)。

3.2 非両立性議論
 非両立性とは、「ある規則の主張、ある命題の支持、ある態度の決定が、情勢のいかんによって、それと欲することなしに、他の命題や先に主張した規則、あるいは一般に認められ、集団の成因であれば誰でも同意すると思われる命題と、対立葛藤の状態に陥る場合である(ペレルマン)」。
 一方、矛盾とは一般的には、ある命題と否定命題を同時に主張することである。
 非両立を解決するためには、例外の存在(第三の道=妥協策)をさぐることである。

3.3 排中律議論
 排中律による議論は実際の場面では二者択一の論法という形をとる。
 この種の議論では、与えられた状況のなかで選択の幅を極端に制限しているケースが多い。

3.4 オートファジー議論 autophagie
 非両立性議論の特殊なケースで、二つの命題間の齟齬ではなくて、一つの命題の内部で生じる非両立が問題になる。パラドクスの一種。

3.5 逆ねじ議論
 相手の論法をそのまま相手に突き返して論破する技法。

 地方の劇場で観衆が革命歌マルセイエーズを歌おうとして立ち上がったとき、一人の警官が舞台に上がり、プログラムに載っていないことはすべて禁止されていると告げた。すると観客のなかの一人がさえぎって、「それで、あんたはプログラムに載っているのかね」と言った。

3.6 両刀論法 dilemma
 「結婚しようとする相手の女性が美人なら、きみは嫉妬に苦しむ。醜いならば、きみはそれに我慢できない。だからきみは結婚すべきではない。」
 この論法の問題点は、大前提の仮言的命題の設定において、選言が選択肢の全体をカバーしているか、二つの選択肢が矛盾や相補性の関係になっているかどうかにある。
 この論法を突き崩すには二つの方法がある。
1)別の選択肢の可能性を探ること。「角の間に逃げる方法」
2)選択肢の一つを捕まえて、その論理の破綻を衝くこと。「角を捕まえる方法」

3.7 アナロジー(類推)
 「アナロジーは類似性の関係 rapport de ressemblanceではなく、関係の類似性 ressemblance de rapportである。(M.カザルス)」
 つまり、アナロジーが関わるのは「直接的」類似性ではなく、「体系的=構造的」類似性である。
 アナロジーの効用には次のものがある。
1)未知なるものを既知なるものによって推理する。
2)抽象的なものを具体的なものによって推理する。
3)複雑なものを単純なものによって推理する。

3.8 分離議論
 分離議論は一つのように現象しているものに二元性を導入して、階層化された二項対立図式を設定することである。階層的二項対立図式は人々の常識を支える強固な論拠となっている。


【参考】
・「レトリック入門 修辞と論証」:野内良三 世界思想社 2002