天文学概論 Ⅴ:宇宙論
1. 膨張宇宙
・宇宙原理とは、宇宙は大きなスケールで見ると一様等方的であり、特別な中心や果がなく、すべての場所と方向が平等であるとするものである。
・アインシュタインは、自身の一般相対論から静的宇宙の解を得るために、宇宙定数を含む宇宙項という斥力項を方程式に追加した。
・フリードマンは1922年に一般相対論の解として膨張宇宙の解を発見した(フリードマンの解)。フリードマンの方程式は、定性的には球殻の膨張に関する運動エネルギーと重力ポテンシャルエネルギーとの間のエネルギー保存則として求められる。
・フリードマンの膨張宇宙の解は、曲率の違いにより3つの場合が存在する。
① 正の曲率:宇宙はある程度膨張した後、収縮に移る(ビッグクランチ)。
② 曲率ゼロ:宇宙は膨張し続け、一定時間の後に膨張速度がゼロに近づく。
③ 負の曲率:宇宙は膨張速度を増しながら永遠に膨張し続ける。
・実際の宇宙がフリードマンの解のいずれになるかは、宇宙の物質密度により決まる。宇宙の平均密度が臨界密度より大きいか小さいかが決め手となり、現在の宇宙の密度と臨界密度の比Ω(宇宙の密度パラメータ:Ω = ρ0/ρcrit)とすると、
① Ω>1の場合
宇宙の密度が臨界密度より大きく、時空の曲率が正となるなるとき、有限の閉じた宇宙になる。宇宙膨張は物質による重力により止められ、やがて収縮に向かう。
② Ω=1の場合
宇宙の曲率がゼロとなり、平らな宇宙と呼ばれる。宇宙は無限で、永久に膨張を続ける。
③ Ω<1の場合
宇宙は負の曲率を持ち、無限で、膨張し続ける。
2. ビッグバン宇宙論
・膨張宇宙において時間を逆転させると、過去のある時点において宇宙の密度が無限大になり、宇宙は超高温・超高密度の状態からスタートし、その後宇宙の物質はお互いどうし次第に離れていったことになる。このような宇宙論をビッグバン宇宙論と呼ぶ。
・ビッグバン宇宙論に対抗する理論として定常宇宙論があり、これは宇宙に始めも終わりもないとする立場で、宇宙は常に定常状態にあるとする。
・宇宙背景放射は、1965年にペンジアスとウィルソンにより発見された電波で、宇宙のあらゆる方向から等方的に観測され、絶対温度2.7Kの黒体放射に対応する強さを持っている。これは宇宙の中で物質と放射が熱平衡状態(宇宙の温度が3000K)にあった時代に放射され、その後の宇宙膨張により波長で1000倍ほど赤方偏移し、現在マイクロ波として観測されたものである。
・現在、炭素以上の重い原子核は星の内部の核反応で作られ、重水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウムなどの軽い原子核はビッグバン初期に作られたと考えられている。
・宇宙初期の超高温(10^11K)・超高密度状態では、素粒子は熱平衡状態にあり、陽子と中性子はほぼ等量存在した。宇宙の温度が10^11Kから10^10Kに下がるにつれ、エネルギーの高い中性子の割合は陽子に対して減少し、約20%まで下がる。宇宙の温度が10^10K以下になると宇宙の熱平衡状態が破れ、中性子の割合はその時点でいったん凍結し後、β崩壊により中性子は陽子に変換される。中性子が全て陽子になる前に、その一部は陽子と反応して重水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウムなどの原子核が合成される。質量数が8のベリリウムが不安定核であるため、それより重い元素は合成されない。宇宙の最初の3分間で、重量比が水素で75%、ヘリウムが25%、ごくわずかに重水素、リチウム、ベリリウムが合成されたと考えられている。
3. インフレーション宇宙論
・インフレーション宇宙論は、1981年にグースと佐藤により独立に提唱された理論で、宇宙のきわめて初期の段階で宇宙の相転移があり、その際に宇宙は何十桁、何百桁という急速な膨張をしたとする。
・地平線問題
宇宙の地平線とは、ある時点で宇宙の中心のある地点から見ることができるもっとも遠いところで、ビッグバン宇宙論では宇宙の地平線は時間とともに次第に広がっていくことになる。宇宙背景放射は高い精度で等方的であり、宇宙のある一方とその逆方向からの放射の強度が等しく、これら2点の間に過去のある時点でお互いに相互作用ができたことになるが、これらの2点は過去のいかなる時点でも一方が他方の地平線の中に入っていたことがないため、矛盾が生じる。
・平坦性問題
現在の宇宙膨張は極端に「平らな宇宙」に近いと考えられるが、宇宙の最初期(プランク時間t=10^-44秒)に宇宙の密度が臨界密度よりわずかにずれていただけで、宇宙はたちまち収縮に転じるか、たちまち膨張してしまい、現在のような宇宙にはなりえない。
・これらの問題を解決するために考え出されたのがインフレーション理論であり、宇宙誕生の初期に、真空の相転移により宇宙のインフレーションが起こったとする。
・ビッグバンの始まりから10^-43秒(プランク時間)経過したとき、宇宙の密度は10^56g/ccという超高密度であり、これ以前の状態については重力と量子力学を統一する量子重力理論が必要となり、プランク時間以後は重力は他の力から分離する。
10^-36秒後、宇宙の温度は10^28Kとなり、核力が電磁力などの弱い力から分離し、対称性が破れて相転移が起こる。この相転移が宇宙に斥力を生み出し、宇宙は一気に指数関数的に膨張する(宇宙のインフレーション)。
インフレーションは10^-32秒後に終了するが、インフレーション前にその内部で因果関係を持つことができる十分小さな一様な領域を考えると、それはインフレーションによって引き伸ばされ、大きな一様な領域となる(地平線問題の解決)。また、宇宙初期にあった不均一性、宇宙の曲率もインフレーションで引き伸ばされ、宇宙は一様で、曲率がほとんどゼロとなる(平坦性問題の解決)。
4. 宇宙の進化と構造の形成
① ビッグバン後の10^-6秒後(温度10^13K)
クオークから陽子、中性子などの核子ができる。
② 3分後(温度10^9K)
陽子、中性子から核反応により重水素、ヘリウムなどの軽い原子核ができる。
③ 10^5年後(温度3000K)
宇宙の温度が3000度より高い時代には、プラズマ状態にある原子核と電子の中で、光子は頻繁に自由電子と衝突するためにまっすぐ進めず不透明な状態にある。
温度が3000Kにまで下がると水素の原子核である陽子と電子が結合し、水素原子ができる。自由電子が減少した結果、放射と物質との間の相互作用が弱まり、光子は宇宙空間を直進するようになる(宇宙の晴れ上がり)。その際に3000Kの黒体放射のスペクトルを持つ放射はその後宇宙空間を自由に飛来し、宇宙膨張による赤方偏移によりマイクロ波領域まで波長が長くなり、宇宙背景放射として観測される。
④ 10^9年後
宇宙が冷却するにつれ、初期に存在したわずかな密度のゆらぎから密度の濃い部分が自らの重力により収縮を始め、銀河や星などが形成される。
5. 宇宙背景放射のゆらぎ
・1989年、COBE (Cosmic Background Explorer)と呼ばれる人工衛星により宇宙背景放射が精密に観測され、その強度にごくわずかに空間的なゆらぎが存在することが明らかにされた。その起源としては、インフレーションによってそれ以前に存在した量子的なゆらぎが大きく引き伸ばされたためと考えられている。
【参考】
・尾崎洋二「宇宙科学入門」 東京大学出版会 1996